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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2013.06.15
 ゆらゆらと私は地上におりてゆく。
RIMG0089.jpg
活けられたテルコの花

ゆらゆらと私は地上におりてゆく。
目をつぶり、静かに祈る。
きっとまた、あなたの楽土にたどりつきますようにと。


[テルコ観察日記一覧]以下、詳しくは鈴木喜一のFacebookでお楽しみください。写真入りで紹介しています。

01●[ちょっと驚いたタマネギテルコの成長、或はテルコ登場編]/20130609
すみれの隣でグングン育つタマネギが存在感を示している。まもなく花を咲かす。地面から直立すること72センチ。茎径(茎でいいのかな?葉っぱかな?)は太いところで2センチもある。上部径でも7ミリ。
そろそろ名前をつけなくてはと思い、躊躇することなくテルコと命名。このタマネギは去年の秋、「越谷のアトリエ」の施主のお母さん、星テルさんにいただいたタマネギで、食べそこねて地面に埋めておいたものだった。さて、このタマネギテルコの運命はいかに?

02●タマネギテルコの花☆20130610/photo by CX5 KS
7:18 撮影(RICOH CX5)
久しぶりに接写の効くカメラで撮ってみた。このカメラはトミー(ご存知、写真塾の敬愛する大橋塾長です)の付き添いで「スズキ君、これがいいんじゃない?」と言われて新宿西口ヨドバシで購入したものだが、ついつい iPhone の機動力がよくてしばらく使っていなかった。許せ、トミー & CX5。
さて、テルコの花は現在、直径2.4センチの球状で、花の数は100個ほどだろう。つくづく眺めていると、なんだかすごいなあ、といまさらながら思ってしまう。

03●テルコの運命危うし?
ぐんぐん育ったテルコ、その上、花まで咲かせてしまったテルコに拍手喝采。坂口安吾風に「親はあっても子は育つ」などと言って気取ってみた。
しかし問題はここから先にあることに気づいてしまった。花開いたテルコをずーっと愛でているわけにはいかない。彼女の行く末が心配になってきたのである。KAOさんは「あなたのお腹に入るんじゃないの?」と言っていたが、そっ、そんなことはできやしない。食べるんだったら八百屋で有機タマネギを買ってくる。これが人情というものだ。

旅から帰って、ようやくというかなんというか、神楽坂ヒトデ食堂に挨拶がてら行って来た。生ビールにソーセージを頼んでしばし雑談。「お久しぶり」「センセイ、ヨーロッパの洪水、大丈夫でしたか?」「それが洪水どころか、僕の行った場所は異常気象なんだろうねぇ、連日雨の天気予報を裏切って晴ればかり。暑かったんだよ」「ポーランドはともかく、ヘルシンキなんか北極圏でしょう?」「それがさあああ、ヘルシンキでも30度を超える勢いだし、ラップランドも暑くて蚊の大群が凄いということらしいよ」「へぇ〜。ラップランドがねぇ〜。得意のリンムー旋風を巻き起こしたんじゃないですか(ニヤニヤ)」
「そんな力はもうなくてさ。地道に旅してきました。ところでさあ、タマネギのことなんだけれど・・・、テルコがさあ・・・」
「・・・?」
この後、タマネギの一生についてマスターと北海道余市生まれの必殺料理人(いつも厨房にいて僕のわがままな注文に応じてくれる)のマリさんと三人で考えさせられる奥の深い話をした。コペルニクス的転回の提案である。
というほどでもないか。

04●テルコの未来
昨夜はともかく三人でテルコの一番正しい厚遇の仕方について理解を深めたのだが、よく考えてみれば僕の意見はほとんど言わなかった。食材を扱うその筋の、しかもタマネギの産地に生まれ育った人間の客観論に耳を傾けるのがテルコにとっていいことだろうと思ったのである。少なくても僕が知っておくべきことであった。
儚いといえば儚いけれど、タマネギテルコの一生も壮大なスペクタクルと可能性を秘めていている。テルコの未来は「親はあっても子は育つ」のだけれど、もう結構立派に育っていて、育ったあとはどうなるのか?という人間にも通じる重要な課題が現実に横たわっているのである。
慰められたのか、帰り際にマリさんから二つの苗をいただいた。今朝起きて顔も洗わずに小さなシャベルでガリガリと穴を掘り植えてみたのがこの写真。左に写っているのがワイルドストロベリーでこれはもう二粒ほど食卓に上がっている。
さて、話は拡散してまとめようもないが、そろそろアトリエに向かわねば。。。
午後から都下の現場に。
そして今日は、息子の誕生日。悠君、28歳、おめでとう。

05●幸せとその隣り
テルコには妹たちがいる。次女はコテル、三女はテルミと命名した。 テルコ同様、コテルにも、テルミにも、幸せと隣り合わせに艱難辛苦が内包しているように思えてならない。本日はしとしとと雨。
そろそろアトリエに出動。

06●テルコは詩人でなかなかの哲学者である。そして鑑識眼もあって医者のようでもある。
「君、風邪気味だよ」「えっ、どうしてわかるの?」「ちょっとお腹が張ってるし、腰も弱っている。いま北田海や宮井山と戦ったら負けるかも」「負けやしないけれど、確かにそうかな。テルコ、どう対処しよう?」「足を温めたらいいよ。40度のお湯で。それも膝まで浸かるんだよ」「よく知ってるね。そんなことまで」「基本ですよ。頭寒足熱延命息災」「えーっ、延命息災だとー!」
テルコは漱石ばりのことをのたまう。しかし、もっともかもしれない。帰国後、そういえば、ろくに休んでいなかった。テルコの指示通り、足湯をして少し体をいたわろう。ちょうど、とある会議(14時半〜)が延期になったことだし、、、骨休みをしよう、夕暮れまで、、、

07●テルコには、実はもう一つの蕾が息づいている。つまり、二つの花が咲く可能性があるのだ。一つは大輪の花を咲かせたが、小さな蕾は、さて、どうなるだろう?

08●テルコが僕の中に棲む
マリさんのコペルニクス的転回の提案に戻ろう。
大輪を咲かせたテルコの地中に埋まっているタマネギ(母胎)はもはや養分を花や茎(=葉)に吸い取られて、僕たちが通常、口にしているシャキシャキタマネギではないという。どうやらこれは常識らしい。だからテルコの根菜部はもう食べたくても土の中でタマネギシチューみたいになっていて無理なのである。
花開く前の蕾は天ぷらにするとほろ苦みがあって美味しいらしい。近頃仲良くなった神楽坂天つゆの作ちゃんに相談してみるか。大輪の花は鑑賞して愛で、そのうち種を収穫するのがいいのかもしれない。
マリさんの提案に戻ろう。今日時点で75センチまで成長した茎(のようだが、どうやら葉っぱらしい)を「持っていらっしゃい、愛情を込めて料理してあげるわ」との話だった。うん、しばらく愛でて、できれば種も収穫して(アユミギャラリーの片隅に撒いてみるか)、長い葉はマリさんに料理してもらおう。
そうすることでテルコと僕は一体になれる。僕の中にテルコが棲むのだ。テルコの哲学的スピリッツも詩人の魂も医学もとりこんで一緒に生きるのだ。

09●
テルコが僕の中に棲むにしても、この微熱が続いている体の中ではなんとも可哀想だ。テルコの教えを守って、早く直さねば、、、と言いつつ諸々仕事をしていると、サキコさんが夕暮れ、「センセイ、今日はもう戻られてゆっくりおやすみになられては」とこれまたやさしい言葉をかけてくれる。やはり、持つべきものは、できたスタッフだ。
だが、「これから美術塾なんだけれど、、、」と言うと、「星先生(星テルさんのご子息=テルコと兄妹になるのかな?)がいらっしゃいますから、大丈夫でしょう」「うん、そうだな。それじゃあ、雨の中、来てくれた美術塾のみなさんには悪いけれど、風邪をうつしてもいけないし、休ませてもらいましょう。明日もぎっしり予定が詰まっていることだし、、、」
ということになって、テルコの元にもどってきた。

10●
テルコに容態を話すと、「何も食べないのもよくないから西の方に行って美味しい煮魚を食べなさい。お酒は一合までなら、、、」とのたまう。雨傘をさして西に向かってテクテク歩いてゆくと、それらしい店があった。初めてだが、ふーらり入ってみる。客は誰もいない。
「いいですか?」「いいですよ。こんな日は客足も遠のいてねぇ。一人でも来てくれないかなぁ、と雨頼みをして待っていたところなの」と品のいい女将。
テルコはなんでもお見通しなんだ。
カウンター越しにマスターがいるので、少し話しかけてみる。彼もすこぶるいい人間の類いである。毎朝、築地の河岸に行って品定めをして、そこで得た魚を昼前に仕込む。そして五時半の開店に備える、ということをもう何十年もやっているらしい。テルコの指示通り、
「カレイの煮付けをお願いします」
「いいカレイがありますよ」
ということで、いい食卓となった。食欲がないのに、おいしいと感じるのは、至極、美味だったということだろう。だが、たった1.1合徳利久保田大吟醸を飲み乾せなかったのは甚だ残念であった。

11●テルコ入り玉子スープ☆テルコ完/20130614
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