
京杭大運河(蘇州/photo by Kiichi Suzuki)
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僕はいま、台北の善導寺の宿でこれを記しているのだが、お腹が少々空いたので忠孝東路一段の「順億」(シュンイー)という馴染みになった日本料理店に来ている。寿司を食べながら運河について思いを巡らすことにする。
話は当然少し逸れる。
京杭大運河(けいこうだいうんが)のことである。この運河は、中国の北京から、僕の留学先(国立浙江美術学院1993ー94)だった杭州までを結ぶ、総延長2500キロメートルに及ぶ大運河である。この大動脈を開削したのは隋の文帝と煬帝で、完成はなんと610年。いまから1400年以上も前のことだった。
だから、中国漢民族が鹿港までの運河をつくることは移民当時、いとも容易であったと考えていいだろう。
さらに王功から鹿港に至る平原は当時、浅瀬だったと想像したい。移民たちは運河をつくると同時にせっせと干拓して台湾の国土を広げていった。余談ながら、干拓地は塩田であるのがふさわしい、と僕は睨む。中国大陸を探訪していた時、塩で財を成した大商家が多かった(特に安徽省辺り)からである。
中国民家探訪事典
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