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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.12.14
 お別れの儀式
201212141.jpg

春の野に菫摘みにと来し我ぞ。野を
なつかしみ一夜寝にける 
 
(山部赤人)

山中湖玄山荘———お別れの儀式(或はリスタート)  
(鈴木喜一)

秋も深まるある朝、友人の玄さんの山荘を訪れた。
写真家の畑亮さん、畑耕さん、広瀬眞樹さん、玄さんこと出光廣幸さん、それに僕の五人である。この山荘の主である出光さんのことを、なぜ玄さんと呼ぶのか僕にはわからない。玄さんは、元さんと呼ぶ説まであるのだが、僕の勝手な推測によれば、確かに玄さんは、白でも黒でもない(黒の方に近いような感じかな)、いるようでいないようで、いる人である。つまり有でも無でもない、その更なる深層段階に分け入った玄妙人のような気配を持っている。と、あれこれ想像をたくましくしてしまうのだが、名前の由来はそのまま謎にしておくことにしている。
朝九時半頃に到着した僕たち三人(畑さん写真家親子と僕)は、玄さんと眞樹さんに迎えられ、床暖房でぽかぽか温かいリビングで美味しいコーヒーをいただきながら一息を入れ、すぐさま写真撮影に入った。この山荘の名前は何だっけ? と玄さんに尋ねると「とくに名前はないんです」とぼそっというので、仮にというか、勝手にというか『山中湖玄山荘』と呼ぶことにしよう。
250坪の敷地に29坪の山荘が建っている。1997年に建てられたものだから、もうかれこれ15年が経つ勘定になる。今回の訪問と撮影の目的は、端的に言うと、この山荘とのお別れの儀式である。今年、東京での生活を離れて、生まれ育った福岡を拠点として、これからを生きようとする玄さんはこの山中湖の山荘を手放すことにしたのである。

その玄さんの覚悟を二ヶ月前に神楽坂の寿司屋で聞いた時、僕は15年前に彼が熱意を込めてつくった山荘世界を見ておくべきだという思いに駆られていた。それを畑さん親子に撮ってもらっておくべきだとも。さらに、その時は、玄さんと知己の間柄である眞樹さんにも見届けてもらいたい。その、ささやかなパーティが予定通り成立することになって、お別れの儀式だけれど、なんだか晴れやかな心持ちのする日だったのである。
一泊二日の撮影が終わって我々四人は玄さんを一人置いて山中湖を後にした。玄さんはしばらく山荘に残って後片付けをするという。長年、愛着を持って通っていた別荘と彼との瞑想の時間が始まるのだろう。
そしてその後に玄さんのリスタートが始まる。
山中湖玄山荘

竣工/1997年
山荘主/出光廣幸
訪問者/鈴木喜一・広瀬眞樹・畑亮・畑耕

写真☆畑 亮
文☆鈴木喜一
事象校正☆広瀬眞樹
編集発行☆アトリエR

出光廣幸

<略歴>
1993年12月、株式会社イデア設立(東京都千代田区九段南2-2-8-308)。代表取締役。2012年5月福岡事務所設立。

<住所>
〒819-0161 福岡市西区今宿東2-4-6アンピール今宿東506

電話 : 090-1503-7794
 メール : idemitsu@idea-com.co.jp
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