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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.11.28
 清家久の言葉
畑の土を掬(すく)いとってはうらがえし、掬いとってはうらがえし、そうして過ごした日々がありました。人のいのちが、どこからきてどこへ去っていったかを念う日々でした。見えなくなってしまったその姿を、そのぬくもりを、その手ざわりを土に求めるようになりました。野の花も、木も鳥たちも、土に生まれ土に還っていくのだと思うようになりました。
焼物の仕事は、土づくり、灰づくり、薪割りなど、下準備も多様ですが、私にとって心なごむひとときは、轆轤で挽いたばかりの土の容(かたち)との出会いの刻(とき)です。たったいま、土の母胎から切り離されて板にのっている姿から産声が聴こえてくるように思えるのです。水を得て輝き誕生のよろこびを放っているように感じられるのです。
私が手がける粉引・灰釉・焼きしめの焼物などは水を吸い、つかうほどに変化していきます。存分におつかいになり、育てていただくことを希っております。
土に還ることのない焼物たちに、一輪の花を添え送り出していきたいと思っております。

佐礼谷窯 清家 久

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