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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.10.08
 見たことのない懐かしい風景ー1

01【序】
02【シャングリラへの旅】200
03【建築的日常】200


04【KIICHI SUZUKI☆Interview 】200
《シャングリラはどこにでも存在する》
――4年間にわたる連載だったけれど感慨深いだろうね?
●どう答えればいいのかわからないけれど、おもしろくてアッという間の4年間だったね。扱った旅の素材でいちばん古いのは1980年のものだから、かれこれ16年分の道筋をたどったことになる。その間のフィールド・ノートが49冊、描きとめたスケッチは数えきれない。旅の細部に思いを巡らすと楽しかったことから苦しかったこと、心にしみることなどが次々に思い出されてくるから、やっぱり感慨はひとしお……。
――でも、実際はほとんどが書き下ろし、いや描き下ろし……
●そうだね。過去の旅を焼き直すってことはできるだけ避けたかった。せっかくいい機会が与えられたんだから、いま動いている現実の世界を歩いて自分の身体で感じたことを伝えたいという欲求が強かったね。
――シャングリラというのはどういう語源で、どのような意味と思いが込められているのかな。タイトルの『シャングリラへの旅』というのはどのようにして決めたの?
●学生時代にね、『シャングリラ号』という気球を仲間たちが飛ばしたことがあったんだ。その気球はぼくらの期待に反してなぜかあまり飛ばなかった。だから、今度は軽やかな清風にのって空高く飛んでみたいと思った。単純なんだけれどタイトルのコンセプトはこれだけ。決めたら考え直すことはなかったな。語源については、南の島の手紙にもあるように、サンスクリット語で隠された聖域、地上の楽園を意味している。チベットの北端、崑崙山脈の奥地にあると言われ、その中の住民は誰一人老いることなく、何百年という寿命を保つという。もっともこれはジエームズ・ヒルトンの『失われた地平線』という小説の中に出てくる架空の理想郷なんだけど。
ただ、ぼくはシャングリラという地上の楽園はチベットの奥地だけではなく、どこにでもあるものだと思っている。日々の楽しさと平和に満ち足りている場所、生きていることを大切にしている場所というのは、ずいぶん存在するはずなんだ。
――だからこそ旅が続けられるんだね。シャングリラのロケ地は実際どのように決めていたの?
●旅のはじまりはヨーロッパだったけれど、この10年間はほとんどがアジア。人間の生活がなんかこう、道に迫り出してきていて路上を歩いていてワクワクする感覚があるんだよ。つまりアジアが呼んでいた……。
だけど、細かな目的地は決めたことがない。取材のための資料もほとんど持たなかった。シャングリラの旅はあらかじめ用意したストーリーを拒否していたんだ。
――【孤独な旅の定理】の一寸先は読めないという、あれだね。それはずいぶんリスキーな旅だよね。一瞬先に何がおこるかわからないというのは?
●とにかくわからない側へ一歩踏み出していく。これが旅の本質なんだろうと思ってる。人生もそうじゃない?
――調査団を組んで集落の研究をするということはできないだろうな?
●たぶんね。旅じゃなくなるでしょうね。一人だからこそできることも多々あるんだな。まあ用意周到に準備するというのがあまり好きではないから。それに交渉事が多すぎるでしょう。ぼくは動きたくなったら、もうすーっと動いている。基本的には一人だけど、仲間たちと一緒に行くこともある。それもスケッチに行こう行こう、会って話して、もう進んでいく。ロジカルな積み上げの作業は建築の設計や原稿を書くことだけで十分だよ。
――あなたの設計作業がロジカルとはとても思えない。(笑)
●そうきたか。まいったな。(笑)これでも結構、緻密に設計しているんですよ。
――失礼しました。そうだよね。でなければ仕事にならないものね。(笑)
《旅とスケッチ-時代遅れのコミュニケーション》
――旅先でのスケッチにはどんな意味があるんだろう?
●あまり意味をもたせていないんだ。ただ、人の住んでいる美しい風景に触れたり、出会いがあってストーリーが立ち上がってきた場所というのは、どうしても描きたくなってしまう。どこでもいい。気にいった場所で一日一枚のスケッチをする。これはぼくの楽しい遊び。
気にいった場所で描くのだから、ただ入っていくだけなんだ。色も形も空気も匂いもすべてひっくるめて近づいていくという姿勢。飛んでいる鳥を画面のどこに入れようかな、なんていうことも楽しい。
――100パーセント現場で仕上げるの?
●そうだね。未完の場合もあるけど、後で手を加えることはない。だから記録という意味あいが結果的に生じているね。でも一度だけ、宿に戻ってから印象を思い出しながら描いたことがあった。あれは色のイメージを追っていた。
――描いていると人だかりになるのでは?
●そうなんだよ。でも描いている時は自分の気持ちを開放しているから気分がすごくいいんだな。だから、そういう状況になっても余裕がある。描いている対象の視界が人で塞がってしまったら、目と手でやさしく訴える。そうすると水が引くようにギャラリーはぼくの後ろ側に回ってくれる。あとは一生懸命描くだけ。君らの町をがんばって描くからなって思いながら筆を走らせる。そうすると汚れた水は替えてきてくれるし、イスは持ってきてくれる。チャイやお菓子を持ってきて一息入れろよみたいな話になる。こうなるともう全員で描いているという一体感が生まれてくる。
――そこからその土地の人とのコミュニケーションが始まるわけ?
●そう。スケッチが終わったらもう友達だよ。ストーリーが先にあって描きたくなるときもあるけど、描き終わってストーリーが動き出すことの方が多い。家庭訪問をしたり、食事をご馳走になったり、泊めてもらうこともある。みんなとびきり親切なんだよね。
――スケッチはあなたのプライベートメディア?
●そうだね。ぼくは言葉がほとんどダメだから、スケッチを媒体にギクシャクとコミュニケーションしている。これだけ世の中に情報が流れ、氾濫し、通信システムがスピード化されてくると、かえって伝わりにくいこともでてくるじゃない。だけど、現地で絵を描くことによって生まれたつながり、そこから片言の言葉と表情でしっかりと伝わっていくコミュニケーションというのがあるんだよね。時代遅れかもしれないけれど、身体で伝えていくということ、目と目をあわせて人が人に伝えていくという原初的な回路をできるだけ大切にしていきたいと思っている。
――彼らの生き生きした顔を表現すると?
●健やかでほがらかな顔。縁側にほした座布団のような感じ。怒られるかな。おいしい太陽をいっぱい吸ってフカフカで、ポンポンとたたくと、ちょっとほこりっぽくて、とても懐かしい匂いがする。
――あなたをどのように思っているんだろう?
●その質問で思い出すのが東晋時代の自然詩人陶淵明(365~427)。彼は『桃花源記』の中で田園のユートピア的物語を描出しているんだけど、主人公の漁師が、偶然に迷い込んだ人里離れた桃源郷で大歓迎を受ける。しばらくこの地に逗留した漁師は自分の見聞きした現実世界を詳しく語り、村人たちはその話にみな驚いてため息をつく。時が流れて漁師が暇を告げると、村人たちは彼に言うんだよ。「この村のことは外界の人に話すほどのことではありませんよ」と。 ぼくは美しい風景を美しいよ、とシャングリラの中で言っている。そして彼らとの交流を伝えている。でも一方でいつもこの話を思い出してしまうんだ。ほんとうはそっとしておくべきではないかとも……。
――たしか瀬戸内海のストーリーでは島の名前が伏せられていたね?
●そうそう。シャングリラはそっとしておきたい。大切にかかわりたいという思いがあったから。
――あの話は印象的だったね。島の子供たちが送ってくれたという貝殻はどうしたの?
●額に入れて飾ってあるよ。
<つづく>

05【武蔵野美術大学近代文明論講義】200
06【後書】
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