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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.01.13
 村上正剛の名解説☆比島、薄明、元旦相撲
宮井山、左上手投げ 8秒殺。

薄明かりのバタン島場所。宮井山勢いよく右下手を喜一山に差込み追い込む。両者目まぐるしく時計回り。やっと宮井グイと左上手を掴む、、、。すぐさま喜一は右足を跳ね上げて牽制するが、空振り。左足1本で前のめり気味。すかさず宮井つかみ上げるような投げを打てば見事に決まる。
短時間の勝負。喜一山の体型では大型の宮井山、北田海には苦戦が続く。でも、喜一山を見ているとかつての第51代横綱 「玉の海」(片男波部屋)が思い出される。「北玉時代」を築き、大鵬とも連続して14勝1敗同士の優勝決定戦を行った正統派力士である。大鵬引退後を盛り上げると惜しまれながら27歳で早世した。今年の喜一山にもたゆまぬ精進を祈りたい。以下は参考にしたサイトからの引用である。

[玉の海 正洋]
龍虎と並んでジャージを着用した力士のはしりとも言われる。ただ玉の海は独自の調整法であるランニングの為に着ていた。1971年1月場所千秋楽の深夜、怪我で途中休場していた若き日の貴ノ花は打ち上げで呑んだくれて帰宅途中、ジャージ姿で走っている玉の海を目撃して我に返ったという。この日、玉の海は大鵬との本割り、決定戦に連敗して全勝優勝どころか優勝まで逃したばかりだった。玉の海は現役当時、ボウリングが大好きで、死去の直前には当時の人気女子プロボウラーとの婚約話も進んでいたと言われている。
玉の海(たまのうみ、1944年(昭和19年)2月5日 - 1971年(昭和46年)10月11日)は、大相撲の第51代横綱。愛知県宝飯郡蒲郡町(現在の蒲郡市)出身。身長177cm、体重130kg。



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