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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2011.09.05
 近代文明論203★ I can be myself
110904.jpg
坂の町ダージリン

203
★ I can be myself

日本は今、お金で動いてる。お金がなくちゃ生きて行けない。でも世の中って、お金ではないんですね。かといって、メンタルなものか、精神的なものか、っていったらそれだけでもないような気がする。要するにわからない。世の中っていうのは、わかっているようだけれども、わからない。蓋をあけたらこんなものがあったっていうのがどんどん出てくるよ。そんなことをいろいろ探したらいいよ。そういう意味ではインドに行って、まあインドには限らないけれど、自分自身で世界を見つめるってことは大事なことだと思う。インドってところはね、
 I can be myself
つまり自分自身になれるところ。自分自身でいられるところ。じゃあ、日本はと言ったら、少なくとも僕は、東京っていうところは、ひょっとしたら
 I can not be myself
自分自身になりにくい所なんじゃないのかな、今の社会構造というか、文明社会の縮図のような都市だからね。まあ面白いと言ってとりあえず笑ってみるのもいいんだけれど。問題はそれからどうするかってことだよね。もうひとつ、
 Just being
今という瞬間を生きている、瞬間を恐れるなという意味なんだろうけれどもね。予定調和じゃない、先々の安全とか、そんなことじゃなくて、今の瞬間が非常に大切だ。今、自分が生きているんだっていうそういう実感。それを置き去りにして、それを捨てて、何か、将来こうなるんだとか、なりたいとか、言ってたってどうにもならない。そこにはサスペンスがない。ストーリーがない。
人間の生き方っていうのはいろいろあると思うんだけれども、あやふやな部分というのは非常に大切。あやふやに生きるってことは本当に難しいことなんだけど、力がないとできないことなんだけれどね。そういうことが怖いから、なかなかみんなそうはしない。枠にはまりたがる。自分の生きている意味とか美しさ、おもしろさを発見することは大切だとわかっているんだけれど、枠にはまって硬直してしまう。
話が長くなりましたね。今日はカルカッタの街を見て、それからずっと北上して、ダージリンという町、日本では紅茶で有名なところなんだけれど、そこに抜けて行く過程の写真を見てもらいます。

近代文明論202★静寂感とカオスと現実
近代文明論201★カルカッタ
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2011/09/05(月) 11:36:08 | | #[ 編集]
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