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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2011.03.30
 登録有形文化財(建造物)になりました
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高橋建築事務所創設者のみなさん、ありがとうございました。

アユミギャラリー(高橋建築事務所社屋)と「横寺の家」(鈴木家住宅主屋)が登録有形文化財になりました。平成23年3月18日答申。これで登録文化財の数は全国で8525件。

●所見
この建物は新宿区矢来町114の725.12平方メートルの敷地内の一角に、高橋建築事務所として昭和28年11月に上棟し、翌年の昭和29年に竣工したものである。小屋裏に上棟の棟札が現存しているのでそれを裏づけることができる。
当初は直屋(単純な矩形の建物)として計画した、と設計にあたった建築家高橋博(1902~1991)は語っていたが、竣工後(あるいは工事途中)、間髪を入れずにL型に増築していて、この部分の屋根は四寸勾配の瓦屋根になっている。主要部と増築部との意匠や素材、取り合いや仕上にいたるまで違和感がほとんどないこと、さらに高橋家の聞き取りを照合すると、増築部も含めて同年の完成と見てよい。
設計者である高橋博については、建築評論家の長谷川堯氏が「忘れられた建築家高橋博の建築とその半生」と題して雑誌『住宅建築』1985年10月号で詳しく論じている。大正12年、ロンドンに渡って建築の修業したという特異な経歴を持った高橋が、帰国した昭和5年以降につくった住宅建築を紹介した特集だが、その末尾に、旧高橋建築事務所(1F アユミギャラリー)の建物も掲載されている。
その作品群は、高橋の出自を物語るかのようにイギリスのカントリーコテージの気配を感じさせるものが多かった。旧高橋建築事務所(1F アユミギャラリー)もその気分を濃厚に感じさせる空間で、ハーフティンバー風のファサードはむろん、内部にいたっては、アルコーブ(Alcove)廻りのデザインや、方杖の鑿の手技などに、人の心を通わせるものを持っている。1984年に建築事務所からギャラリーとして内部空間を開放してからは、地元神楽坂のみならず、一般に広く親しまれる建物となって現在にいたっている。尚、二階はいまも建築事務所として使用されている。
以上のように、旧高橋建築事務所(1F アユミギャラリー)は、戦後に復興された神楽坂の町並みを代表する建築物のひとつということができ、登録有形文化財登録基準(平成8年文部省告示第152号)の「一、国土の歴史的景観に寄与しているもの」に該当するものと考えられる。
鈴木喜一(一級建築士・神楽坂美術学校主宰・武蔵野美術大学講師)
コメント
この記事へのコメント
拍手です。
鈴木先生
アユミギャラリー(高橋建築事務所社屋)と「横寺の家」(鈴木家住宅主屋)の登録有形文化財、拍手です。
全国で8525件あるとはいっても、何度も足を運んだ建物が文化財になっていくのはなかなか、見れないものです。4月のピエトロ・ラオス選抜展、開催時には足を運ばせて頂きます。
2011/03/30(水) 21:24:13 | URL | 宮井山 #-[ 編集]
おめでとうございます!!
2011/03/30(水) 22:10:49 | URL | 0-0 #z6bhHm2Q[ 編集]
おめでとうございます!
アユミギャラリーなら当然!との思いもありますが、やはり感慨深いです。神楽坂から、もっと登録文化財を増やし、まちなみを守る力にしていきたいですね。
2011/03/30(水) 23:50:23 | URL | 渡邉 #SFo5/nok[ 編集]
アユミギャラリーの登録文化財への登録おめでとうございます。真鍮プレートが来るのが楽しみですね。
2011/03/31(木) 17:03:24 | URL | 酒井 #-[ 編集]
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