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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2006.02.10
 建築を素晴らしいものにする七つの燈
20060210123919

JOHN RUSKIN (1819~1900)
『Seven Lamps of Architecture』(1849)

The Lamp of Sacrifice
The Lamp of Truthe
The Lamp of Power
The Lamp of Beauty
The Lamp of Life
The Lamp of Obe dience
大地の家抄●ラングーンの知恵者  
ゆっくりと眠り続けたつもりだったのに、起きてみるとまだ朝六時だった。激しい頭痛がする。喉がやられている。鼻もおかしい。どうやら風邪をひいてしまったようだ。マンダレー、パガン、タジィーと走り回ったハードな旅程だったから、ラングーンに戻ってきて、ヴィザの延長手続や飛行機の切符の手配などが終わったら、ほっとしてしまったのだろう。
しかし、ホテルにいても仕方がないので、がんばってバスに乗ってシュエダゴン・パゴダに行ってみる。頭が重くて、ふらふらと参道の階段を登っていく。寺院に入ると弛緩した体が引き締まる。すごいパゴダだ。人は宗教をぬきに生きることができないと思わせる壮麗なパゴダだ。信心深いビルマ人の祈りが凝固したようにパゴダの表面には金箔が貼られている。シュエダゴンとは聖なる黄金、パゴダとは仏塔の意味で、ビルマにはどこにも数えきれないほどのパゴダが建っているが、このシュエダゴン・パゴダ(一八世紀再建)が最大級のものらしい。

ラングーンの街をゆっくりと歩きながら、この街の持っている不思議な雰囲気は、五階建てか六階建ての一九世紀の英国の様式建築が形づくっていることに気づく。ビルマがイギリスの植民地になったのは一八八六年、今からちょうど一○○年前だが、さらにそれ以前の一八二四年、ラングーンは第一次ビルマ戦争によってイギリスに占拠されている。全くの寒村がイギリスによって植民地都市として築かれていったのだろう。しかし、植民地スタイルというだけに本格的な英国建築というわけではないようで、どこか南国的でおおらかなファサードを持っている。開口部の窓枠や鎧戸は緑や青の原色で塗られていることが多い。
この街では、その後の近代建築の姿がほとんど見られない。近代建築が街にないということは街の表情を豊かにすることだということを、私は認めないわけにはいかなかった。

そのダーティーなロンドンともいえる街を歩いているビルマの人たちは、男でも皆、ルンギ(巻スカート)を腰に巻き、ぞうりで歩いている。バス代わりのトラックの荷台にあふれている乗客たち。私は道端でさとうきびを絞った糖水を飲みながら、街も人も化石のようになって生きている都市なんだなとひとりつぶやいていた。
ホテルに戻って、帰りの旅支度を整える。飛行場までのタクシー(小型のトラック)の中が風邪引きの私にはとてもつらかった。体を抱えながら脂汗を流している私を横目で見ながら、若い運転手は遠慮がちに話しかける。
「ビルマはどうだったか」
「うん」と私は苦しさを押さえて少し笑う。彼はゆっくりと話し続ける。二七歳の彼はこの間まで大学に行っていたそうだ。厳しい競争率で入った大学だが就職はそう簡単にはなかったという。彼は外人専用のタクシーの運転手として働くことになった。ラングーン市内のホテルから約三○キロメートルのミンガラドン空港を往復することが彼の仕事だ。
「学校の教師の給料は月五○○チャット。おれは空港までの一往復で一○○チャット稼ぐ。だからおれは金持ちだ。もちろん、おれなんかより大金持ちはいっぱいいるさ。だが、この国では貧しいものがほとんどだよ。……しかし、貧しいものも幸福に生きているよ」
金持ちも貧しいものも平等に生きている。つまり、貧しいものは貧しいものなりの生きていく文化があるということだろう。
私は薄れている意識の中で、なにかすごいことを言っているなと思った。同じアジアでありながら極東に位置する日本、そして極西に位置するビルマの距離を思い浮かべた。物理的な距離ではなく、あまりに遠ざかってしまった生活の距離を。精神の距離を。

考えてみれば、本当に豊かな人というのは自分自身の生を極限にまで高めていった人なのかもしれない。「生」以外に富というものは存在しないといったジョン・ラスキンの言葉を、私は若い運転手から再び聴いたような気がした。経済の豊かさは、誇り高く生きていくという最も大切な豊かさとは無縁のものなのだ。ビルマの風景や人がつくっている空気に触れて私はそれを強く感じる。人間としてどうしてもしなくてはならないことが、そうあるとは思えないが、その一つに、生きていることに豊かな感情で反応するということが確かにあるだろう。

深い緑のあい間から、かすかにミンガラドン空港が見えてきた。この座席から解放されてとにかく空港のベンチで横になれる。
「苦しそうだな。大丈夫か。もう空港だよ」
「ありがとう。助かるよ」私はなんとかリユックを背負い、カメラの入ったバッグを抱えた。そして、五○チャットをわたすと彼は笑って再び聞いた。
「ビルマはどうだった」
「ああ、ビルマはとてもいい国だったよ」
飛行機は予定通り空港を飛び立った。がらあきのビルマ航空の機内で脂汗を流して横たわりながら、バンコクの夜のドン・ムアン空港へ。
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