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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2007.05.31
 旅と建築☆風土を軸に考える
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神楽坂建築塾公開講座200707

建築が群となって一つのかたまりをつくっていく時、そこにある種のまとまりをつくることが出来れば、人はそのなかで生の喜びをうけとり、大切な環境としてうけついでいくのであろう。(保坂陽一郎/『建築の構成』終章抄)

これからは元気で若い人たちが運動の主体となって神楽坂建築塾を動かして未来につなげていくことが必要だ。僕は雑誌の編集をしながらこれまで勉強してきた。建築に終りがないように僕の勉強もおわりがないと思っています。地球上の建物も永遠につくられ続けていく。そこに人類の記憶が閉じ込められていかなくてはならない。(平良敬一)
日常を軽々と移動する民               
ゲルという棲家
 
草原の夏の空気をいっぱいに吸って、モンゴル遊牧民の移動式テント住居・包(ゲル)に起居し、満天の星空を寝ながらに見る! というのが、ちょっとした私の夢だった。
日常の私は建物をある一定の土地に定着させる建築設計を生業とし、かつ歴史的建造物の保存活動等を少しずつ積み重ねている。しかしその一方で、国内外の枠を越えて旅に出る。その土地土地に脈々と根の張った風景を美しいと実感し、ささやかに記録して帰ってくる。
つまり私の実際の生活は非定着的で、一年のうち三分の一は家を忘れ、リュック一つで外に出る。そのことを漠然と目標としているフシもある。これが私の生きてきたこれまでの道筋だった。だから、家畜と共に日常を軽々と抱えて草原を移動する彼らのすがすがしさに共感を覚えるのだろう。
といっても、私は彼らのように透明に生き切ることはできない。冬の寒さに耐えることも難しいだろう。行ったり、来たり、いつも探訪者の視座なのである。彼らの生活から学ぶことは、一つには自浄能力といったようなものかもしれない。小さくなることの強さ、物に執着しない強さ、蓄財や物惜しみをしない強さ。これは過酷な自然の中を移動する民にとって不可欠の資質だったにちがいない。土地や建物、その他の物品にいたるまで個人所有という実態が見事なまでにほどけていて潔い。
旅する人間もまた同様で、できるだけ荷物を軽く、遊牧民のように寡黙に、寡欲に、贅肉をとって移動する。(鈴木喜一)
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