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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2013.05.01
 ふーらりニッポン遊覧絵日誌
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text&llustration Suzuki Kiichi
チルチンびと別冊26号

駿河湾 今日もふーらり やってきた!!!

東京駅からひかり号に乗って
ふーらり故郷にやってきた
のんびりスケッチ風まかせ
しみじみ、人と美味と海の匂いを味わう
ふーらり静岡、行方知らずの夏紀行


01●ヒノキクラフト  
持つべきものは友、教え子、そして良き後輩である。
今回は静岡に住む教え子、瑠美さん(神楽坂建築塾第11期生)から「喜一先生の高校の後輩にあたる社長も待っています」と誘われてその気になった。
父の墓参りに行きたいし、母の元気な顔も見たい。いま手がけているカズの家の二段ベッドもヒノキクラフトでいけるかもしれない、などと諸々の懸案事項をやわらかく詰めて新幹線に乗ったのだ。まだ朝なので、ビールはやめて「ビールテイスト飲料」を飲むことにする。「いけますねえ、のどごし爽快!!!」と隣に座っている同行のカズが若干はしゃぎ気味に言う。
新幹線を降りて、静岡駅北口の呉服町名店街をぶらぶらと直進し、青葉通りに向かう。この辺りは昭和40年代初期に防火帯としてつくられた低中層ビル群が多い。ふしみやビルを左に折れて、ほどなくしてヒノキクラフト青葉通り店に到着。なかなか瀟洒なショップではないか、と言いつつ二人で入って行くと、瑠美さんも社長の岩本雅之さん(以後、マサと呼ぶ)も待っていてくれた。そこで、マサの自信作「ライトチェア」をスケッチしたりしながらしばしなごやかに歓談、カズはヒノキのベッドを入念に見ている。

02●大やきいも  
静岡と言ったら、知る人ぞ知る、時ちゃん(時森幹郎=神楽坂建築塾塾頭)である。平日だが仕事をやりくりして、古〜いカリーナサーフに乗ってショップに登場。「渋い!!! まるでキューバの車だねえ」とキューバ帰りの僕とカズは感嘆の声をあげた。「もう20年近く乗っています」とこともなげな時ちゃん。「いったい何キロ走っているのかな?」
もう一つ、静岡と言ったら、東草深町の「大やきいも」である。時ちゃんのカリーナはショップにおいて、マサのワゴン車で「大やきいも」にみんなで向かう。
大釜で焼く焼き芋は90年以上の伝統の味がある。後輩のマサがさっと大学芋を買ってきてくれた。秋冬だったら文句なく焼き芋で攻めるのだが、ここは竹の子ご飯を注文する。そして静岡の代名詞、おでんをみんなで食べる。一串一律60円、牛すじだけは100円と廉価。しかも美味絶品!!! 食通のマサも「ここのおでんはやっぱりうまい」の一言が出た。
このお店の佇まいも僕はかなり気にいってる。昭和初期の風情を持つ外観、土間中心の店内の素朴さ、気軽さ、ほの暗さ。そしてその中で行き交うお客も、子供からお年寄りまで庶民的で親しみ深いのである。

03●工場見学   
マサの提案で、次なる目的地はヒノキクラフト足久保工場に決まった。ふーらり特有の予定外行動である。ワゴン車は安倍川沿いを走り、さらに支流の足久保川を少し上ったところで停車した。元は鉄工所だったが、そこを立体的に改造して家具工場にしたらしい。安倍川上流域のヒノキ材があちこちの作業場で丁寧に加工されている。
「ヒノキの香りがいいですねえ」「この工場なんだかおもしろいぞ」などと言って興味津々に見学していると、強烈なベルが鳴ってびっくりする。後ろからマサが「三時です。休憩時間のお知らせ」「うーん、なるほど」
工場の隣地はお茶畑だ。「さすが静岡」と都会人のカズはここでも感心している。

04●大正寺の夕暮れ
いったん、瑠美さんとマサと別れて、時ちゃんのカリーナを走らせ三人で実家に向かった。玄関の鍵が締まっている。「入れないなあ。お母さん、どこに行ったのかな」「喜一先生、電話してなかったんですか」と時ちゃん。「さっきね、したんだけれど、出なかったんだよ」と言い訳して、勝手口を確認すると引戸が開いていた。「これは不用心だなあ」と言いつつみんなで中に入る。
「ちょっと昼寝しようか」(僕) 
「いいですね」(カズ) 
「二人とも寝ちゃうんですか? 墓参りはどうするんですか? 」(時ちゃん)
しばらくしたら、母が帰ってきて起こされた。元気な顔を見られたので、僕たちは父の墓参りに向かう。静岡の海が見える高台の大正寺の夕暮れ、気持ちのよい風が流れている。

05●焼津寿屋  
夕方六時頃、ふーらりと自由工房の石田正年さん(=イシ)を訪ねることにした。時ちゃんの「石田さんのところに寄っていったらどうですか? 」というような指示目線を感じたからである。「そりゃあ、そうだ」と即座に言って、ビルの階段を五階まで一気に駆け上る。カズが息切れを起こしている。「エレベーターがないんですか」
いきなり工房のドアを開けると、「びっくりしたあ」とイシがほほ笑んでいる。「七月の恒例の展覧会*よろしくね」「こちらこそ」「ところでいまから焼津の寿屋に行くんだけど」「いいですね。仕事にけりをつけてから追いかけます」
ということで、二年ぶりの焼津寿屋に関係者が集合。奥の座敷に6人で食卓を囲んでいる。戦災を免れた大正時代の古い建物はいつ来てもすこぶる居心地が好い。店のガラスは相変わらずピカピカだ。まず生ビールとカツオの刺身と海つぼを注文する。川海老の唐揚げは店主前島さんの特別サービスだとか。
「このカツオがうまい。皮ぎわが最高ですね」と食通の後輩マサが重みのある一言。
僕がこの老舗と出会ってからもうかれこれ20年になる。この間、折りにつけて通い続けてきたのだが、今回のこうした気のおけない仲間たちとの楽しい語らいもつくづくいいものだなあと思える夜だった。
一杯が、ニ杯と進む、初夏の夜......。

06●用宗漁港 
翌日、僕とカズはなぜか用宗漁港で潮風に吹かれていた。
ここは焼津から7.1キロ東に位置する海沿いの静かな町である。東海道本線用宗駅から漁港までぶらぶら歩いていると防空壕跡のある家があったりする。道々、おばさんたちと世間話をする。「このあたりは空襲に遭わなかったんですね」「そうなのよ。だから家も古くて傾いちゃってね」「でもいい味が出てますよ」「そうかしら」「大事に直して住んでくださいね」「もう少しで漁港かな」「漁協直営のどんぶりハウスがあるからそこで昼食はしらす丼を食べたら」
海を見ながら二人は考えていた。「瑠美さんを呼び出そうよ」「同じことを考えていました」とカズ。
その後は、どうしたことか不覚にも瑠美さんに逆取材を受けてしまうことになった。顛末は下記の瑠美さんの報告ブログとなりて。
「仕事中でしたが、社長マサの許可を得て車を飛ばしていくと、漁港脇のテントで、既に缶ビールが3〜4本、空になっていました。どうやら彼らはふーらり用宗に辿り着き、漁港を見ながら、呑んで食べて、そしてスケッチをしていたようです。食べ終わると海岸へ。そして二人して靴を脱ぎ、裸足で波と戯れるのです。いったい仕事なのか、遊びなのか。遊ぶように仕事をする。まちがいなく、豊かな生き物です。でも豊かに生きるコツというのは? 止まらないこと? 外に目を向け、感じたままに行動すること? がむしゃらに、遊ぶこと? 遊び方を、発見していくこと? 発見した喜びを、分かち合うこと? 稀有なふーらり人との遭遇でした」

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