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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.11.07
 北田英治の「池袋モンパルナスを歩く」
神楽坂写真塾・建築塾合同「池袋モンパルナスを歩く」
資料作成☆北田英治

「池袋モンパルナスを歩く」の資料を添付します。写真塾+建築塾の塾生にメールで送ってもらえますか?
写真塾生は10日の坐学にこれない人が多いと思います。坐学に先日の写真を持って案内しようと思います。その際に、池袋モンパルナス2011の地図を配布します。
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◎池袋モンパルナス

池袋モンパルナスに夜が来た
学生、無頼漢、芸術家が街にでてくる
彼女のために
神経をつかへ
あまり太くもなく、細くもない
在り合せの神経を

1938年(S13) 小熊秀雄「池袋風景」より
(「池袋モンパルナス展」図録/板橋区立美術館)


明治36(1903)年に山手線が開通、池袋が郊外の住宅地として開発されたのは、関東大震災後である。関東大震災は、東京の住宅地を大きく移動させた。裕福な階層は中央線沿線あたりに流行の和洋折衷の文化住宅を建てて暮らした。地価が安い池袋周辺の安普請の長屋で生活するのは、震災で焼け出された下町の住民たちや、さほど豊かではない人びとだった。また池袋は東京を目指した地方出身者にとっても物価が安いため生活しやすく、北は北海道、南は沖縄、そして朝鮮半島出身者も多く暮らしていた。明治末期に豊島師範学校ができ、大正になると立教
大学が池袋に移転、さらに自由学園も創設されて、池袋は学生の町となった。—中略—
「池袋モンパルナス」という名称は、このアトリエ村の総称で、命名したのは北海道小樽出身の詩人・小熊秀雄(1901-1940)といわれている。小熊は、39年の短い生涯を閉じるまで、抵抗の精神と諧謔と悲しみに溢れた作品を多く残している。小熊のエッセイに「池袋モンパルナス」と題されたものがある。「池袋から長崎町にかけては、芸術家と称される種族がすんでいる。それと並行にダンサー、キネマ俳優など消費的な生活者に無頼漢、カトリック僧侶など異色的人物を配し、サラリーマン、学生等が氾濫している、地方人の寄り集まりであるこの植民地東京の中で最もバラエティーに富む池袋付近は、従って東京人の精神的機構を語る材料がタップリある」。池袋モンパルナスに暮らした画家たちは少なくなかったが、とくに熊谷守一、松本俊介、丸木位里・俊夫妻、セツ・モードセミナーの長沢節、さらに俳優・寺田農の父、画家・寺田政明は「池袋モンパルナスの顔」としてよく知られている。(「美麗島まで」与那原恵・著/ちくま文庫より)

◎すずめヶ丘アトリエ村
アトリエ村が最初に出来たのは昭和六年(1931)年、豊島区要町一丁目だった。早稲田の日本美術学校に通う画学生・奈良次雄のために、彼の祖母がアトリエを建てたことが始まりだったといわれる。そのアトリエが奈良の仲間たちに好評で、のちに数軒の貸家を建てた。アトリエ兼用なので畳も襖も不要のため建築費が安くあがり、三年も貸せば費用は回収でき、しだいに貸家は増え、二十数軒のアトリエ村「すずめヶ丘」が誕生した。

◎さくらが丘パルテノン
現在は長崎二丁目中央児童公園に案内板が残るのみ。アトリエ跡は小さめの敷地と路地が巡っている。
(北田海)

さくらが丘パルテノンは、昭和11(1936)年から15年にかけて、アメリカ帰りの資産家初見六蔵が建てたもので、かつては60軒以上の借家があったという。各家の道路沿いに一本ずつの桜の木が植えられたため、この名称で親しまれた。アトリエ村の借家は、赤いセメント瓦の屋根に板張りの壁の平屋であった。北側が15畳ほどのアトリエで大きな窓や天窓があり、石炭ストーブやシャンデリアも付いていた。一方、居室部分は三畳か四畳半と狭く、その他玄関を兼ねた土間に流しが置かれ、便所が付くだけであった。彼らは集団で住み、創作活動に励み、議論をたたかわせ、ともに遊びもした。
(「長崎アトリエ村案内板」から/東京都豊島区教育委員会より)

◎つつじヶ丘アトリエ村
アトリエ跡をそのまま公開していた峰孝美術館周辺(昨年の震災後休館中)
◎風雲泉城(改修統括・鈴木喜一+セルフビルド)
◎熊谷守一美術館(設計・岡秀雄)
◎小鳥がさえずる公園(千早3-14-19)
風雲泉城から徒歩1分。 屋敷林をマンションにする計画が持ち上がったときに、近隣の緑を愛する人々の願いを受けて区が土地を買い上げ、平成7年に公園としました。かつて屋敷林のあった頃のように「小鳥がさえずる豊かな自然環境」を再現するよう、公園の大部分は小鳥等の生き物の生育場所として、保護された空間(サンクチュアリ)。
◎豊島区立郷土資料館(現在は休館)
アトリエ村の復元模型を展示。
◎大橋富夫氏が上京して住んだ椎名町のアパート(現存せず)。恩師の建築家・西川驍氏の近くに住む
◎中古レコードで有名な八勝堂
モンパルナス関連資料が充実
豊島区西池袋5-2-10
◎トキワ荘(現存せず)
旧椎名町5丁目(現南長崎2丁目)に1952年に建てられた木造モルタル2階建板敷き4畳半、家賃3000円。手塚治虫等は1953~1961まで暮らす。1982年12月に老朽化のため取り壊し。
◎自由学園明日館
1921年(大正10)、自由学園の校舎としてF・L・ライトの設計。
◎江戸川乱歩の家
公開日は水曜・金曜のみ
豊島区西池袋3-34-1
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