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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2012.04.18
 S作戦
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●S作戦
大分、昔の話だ。
ほこりにまみれた地球儀をルーレットのように回して止めてみる。真夜中にほんの少しウィスキーを飲みながらよくやるたわいのないぼくの遊びなのだが、あの時、地球儀を止めた人差し指はインド洋上の弓なりの小島群、アンダマン諸島をさしていた。
以来、そぞろ神にとりつかれてしまったのか、この南の島がなぜか気になっていた。きっとシャングリラ・アイランドに違いないと心の中で決めてしまったからだろう。いつかふいに訪れてみよう。その時はガイドブックも資料ももたずに、何の下調べもせずに、誰にも行く先を告げずに軽やかに行ってみよう、という心境になっていた。
フレックス・インターナショナルの乙田さんにマドラスまでの航空事情を聞いてみた。タイ→コロンボ→マドラスというルートが一番早いらしい。アンダマンのポート・ブレアにはマドラスから月2回の船が3泊4日で運航されているという。遊学中の中国行と思い込んでいる周囲には作戦通り説明を省略して、ぼくは、1994年2月15日、妙な発端の古い物語の実行に入っていく。
ANDAMAN SHANGRI-LA EXPRESS SSS(SPECIAL SEACRET STORY)、……S作戦。
2月20日、イルカが跳ね、飛び魚が走るアンダマン海洋上。船上のデッキから多島海の風景を飽くことなく眺め続けていた……。
エメラルドグリーンのどこまでも透き通った海と遠浅の白いビーチに誘われて船から思わず飛び降りてしまった。小さな島、ここはネイル・アイランドというらしい。飛び降りてからぶらぶらと歩き始めたのはいいが、村のバザールで白い帽子をかぶった男が怪訝そうな顔つきでやって来て、
「ポートブレア行きの船は5日後だぞ、知っているのか?大丈夫なのか?」
えっ、そうだったのか、どうやらこの島に閉じ込められてしまったようである。こういう時の心境というのは、困ったなという心細い不安な気持ちと、いよいよ面白くなってきたぞ、という気分がぼくの場合半々なのである。危うい充実を好むたちといえるかもしれない。
島で唯一のゲストハウスは満室、といっても二部屋だけなのだが、そのほかに宿泊施設は何もなかった。島の民家はどこも質素で貧しく、土間に何人も寝ているありさまで、気楽に泊めてくれというのは気の毒だ。今日も波止場で野宿だなと決めこんでいると、島の教師だというさっきの男がしっかり心配してくれていて、村人たちと何やら念入りに相談を始めている。
しばらくして男は「おれについてこい」といいながら、困った奴だという感じの笑顔で小路を抜け、粗末な空き小屋に案内してくれた。モルタルの土間に荒ムシロ一枚、蚊がずいぶんいるという粗末な小屋である。とにかく村人たちに手厚く庇護されて、ぼくは5日間の生活基地を得ることになった。
この島ですることは何もなかった。日中はうだるように暑い。ビーチの木陰で海風を受けているのが最も自然でらくなことだった。海辺で呆然と日々を過ごした。日記も写真もスケッチもいつもの旅に比べれば極めて少ない。考えるということをほとんど放棄してくつろいでいた。ただ島の漁師たちとはずいぶん仲良しになった。言葉も満足に交わせないのに……である。まだ大人になりかけの若い漁師たちの輝くような瞳を見ているのが本当に楽しかった。
この稿を進めながら、アンダマンの島々にいた10日間はいったい何だったのだろうかと回想してみたりもした。……シャングリラの真空にポカンと浮かんでさまよっていたような状態、と言ったらいいのだろうか。……でも、そぞろ神の仕業なのだから、あまり意味を追ってはいけないのかもしれない。

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