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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2011.09.27
 《シャングリラはどこにでも存在する》
《シャングリラはどこにでも存在する》
――4年間にわたる連載だったけれど感慨深いだろうね?
●どう答えればいいのかわからないけれど、おもしろくてアッという間の4年間だったね。扱った旅の素材でいちばん古いのは1980年のものだから、かれこれ16年分の道筋をたどったことになる。その間のフィールド・ノートが49冊、描きとめたスケッチは数えきれない。旅の細部に思いを巡らすと楽しかったことから苦しかったこと、心にしみることなどが次々に思い出されてくるから、やっぱり感慨はひとしお……。
――でも、実際はほとんどが書き下ろし、いや描き下ろし……
●そうだね。過去の旅を焼き直すってことはできるだけ避けたかった。せっかくいい機会が与えられたんだから、いま動いている現実の世界を歩いて自分の身体で感じたことを伝えたいという欲求が強かったね。
――シャングリラというのはどういう語源で、どのような意味と思いが込められているのかな。タイトルの『シャングリラへの旅』というのはどのようにして決めたの?
●学生時代にね、『シャングリラ号』という気球を仲間たちが飛ばしたことがあったんだ。その気球はぼくらの期待に反してなぜかあまり飛ばなかった。だから、今度は軽やかな清風にのって空高く飛んでみたいと思った。単純なんだけどタイトルのコンセプトはこれだけ。決めたら考え直すことはなかったな。語源については、南の島の手紙にもあるように、サンスクリット語で隠された聖域、地上の楽園を意味している。チベットの北端、崑崙山脈の奥地にあると言われ、その中の住民は誰一人老いることなく、何百年という寿命を保つという。もっともこれはジエームズ・ヒルトンの『失われた地平線』という小説の中に出てくる架空の理想郷なんだけど。
ただ、ぼくはシャングリラという地上の楽園はチベットの奥地だけではなく、どこにでもあるものだと思っている。日々の楽しさと平和に満ち足りている場所、生きていることを大切にしている場所というのは、ずいぶん存在するはずなんだ。
――だからこそ旅が続けられるんだね。シャングリラのロケ地は実際どのように決めていたの?
●旅のはじまりはヨーロッパだったけれど、この10年間はほとんどがアジア。人間の生活がなんかこう、道に迫り出してきていて路上を歩いていてワクワクする感覚があるんだよ。つまりアジアが呼んでいた……。
だけど、細かな目的地は決めたことがない。取材のための資料もほとんど持たなかった。シャングリラの旅はあらかじめ用意したストーリーを拒否していたんだ。
――孤独な旅の定理の中の、一寸先は読めないという、あれだね。それはずいぶんリスキーな旅だよね。一瞬先に何がおこるかわからないというのは?
●とにかくわからない側へ一歩踏み出していく。これが旅の本質なんだろうと思ってる。人生もそうじゃない?
――調査団を組んで集落の研究をするということはできないだろうな?
●たぶんね。旅じゃなくなるでしょうね。一人だからこそできることも多々あるんだな。まあ用意周到に準備するというのがあまり好きではないから。それに交渉事が多すぎるでしょう。ぼくは動きたくなったら、もうすーっと動いている。基本的には一人だけど、仲間たちと一緒に行くこともある。それもスケッチに行こう行こう、会って話して、もう進んでいく。ロジカルな積み上げの作業は建築の設計や原稿を書くことだけで十分だよ。
――あなたの設計作業がロジカルとはとても思えない。(笑い)
●まいったな。