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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2011.08.10
 追悼●建築家に支えられ、建築家を支える。
[再録]
「住宅建築」1998年7月号☆シリーズ●まちを見る 

[山崎晏男さんの談話☆聞き書き01]

建築家に支えられ、建築家を支える。建築の見方も発想も人様々だから勉強になるよ

突然、僕の話を聞きたいと言っても、何を喋ったらいいのか......、小杉さんのところで、喜一さんを知ったんだな。いや、大石治孝さんの事務所だったかな。いずれにしても大分昔の話だね。興津邸(静岡市上足洗・1984)をやったころは楽しかったな。よくあんたと現場で喧嘩したもんだ。覚えているかい。あんたはソロバンのことも考えずに、ああしろ、こうしろって、「かるめ焼きの親父」みたいに現場でデザインを膨らませるばかりだから、僕もすごく反発していた。でも問題提起されて職人の血がさわいだってところも正直あったんだ。だからあんたとも続いているんだろうな。
今の静岡の設計者はみんな頑張ってるよ。バイタリティーがある。「われこそは」ってところがある。自分がヒーローだと思っているからね。当然だよ。だからいいんだよ。あんただって昔、唐傘ゆらゆらみたいな派手な喫茶店の設計をやったことがあっただろう。
そこへいくと小杉さんの仕事は自然だよ。僕は一番安心するというか、落ち着いて仕事ができる。めちゃくちゃな自由と、秩序のある自由というのがあって、小杉さんのは秩序にはまり込んだ自由だな。小杉さんには「われこそは」ってのがうまく消えている。
でも若い人が設計した住宅の場合、これでほんとうに生活ができるかなという心配もある。そこに住む人間の幸せに通じるかなってね。だけど、こちらは施工をやらしてもらう立場だからね。彼らについていく。すると造形的にメリハリが効いていて、刺激になるところやなるほどという新しい発見もずいぶんある。建築家に支えられて商売が成り立っているんだからね。こちらも建築家を支える努力をする。建築の見方も発想も人様々だからほんとうに勉強になるよ。

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