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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2011.01.25
 辺境の匂い
先日、東京メトロポリタンTVの小長谷康乃記者がアトリエに来て、辺境をテーマに取材をしていった。
「鈴木さんは地球の辺境によく行っていますが、東京にも辺境は存在するんですか」という問いかけだった。うーん、と一呼吸入れて僕は話しはじめる。
「ちょっと視点をずらせば東京にも辺境はありますよ。このあたりにもいろいろあるんじゃないですか。ゆっくり路地でも入ってみると辺境は隠れています」
「じゃあ連れてって下さい」と彼女はデジタルビデオを肩に乗せ、さっさと表に出ていってしまった。とりあえず横寺町をぶらぶらと歩く。歩きながら「東京がもっと辺境化するとおもしろいんじゃないかな」と言ってみた。
「辺境化?」
「うん、なんていうか物質文明があまりにも東京を覆いすぎてしまったでしょう。だから辺境はあるといったんだけど、あまりないんですよ」
「えっ、やっぱりないんですか」
「いやいや、あるんだけどさ、まち全体が辺境っていうことはないわけですよ。だからもっと辺境化してくるといいんだけどな」
「それって、人間が物質文明を追い求めているから辺境がなくなっちゃうってことで、人間の生き方にもかかわる問題かしら?」
「そうなんだよね。建築の仕事をしていても、辺境化できる仕事はおもしろい。極端な話、たとえば電気はいらない、ガスもいらない、水も少しあればいい、土間でいい、自然光で十分、新聞もいらない、テレビもいらない」
「テレビ記者もいらないってこと?」
「まあ極端な話だけどね」
「つまり、便利さや快適さに惑わされないで、自然というものを大切にしてどこまで本物とつきあっていけるかってことかしら」
「そうなんだ。文明の利器を過剰に持ってきたら、やっぱり人間としての強度がどんどん失われていく。そして辺境も遠ざかってしまう」
そんな話を続けながら神楽坂の路地裏散歩が続く。小長谷記者はふと辺境性に足を止めてカメラを回す。路地の脇に立てかけてあるリヤカー、ひっそりと建つ蔵、下見板張りの古い家、草花や樹木、猫や鳥……。
考えてみると僕が住んでいる横寺の家も仕事場のアトリエもスタッフが仮住まいをしている一水寮もみんな辺境性を帯びている。僕が毎日歩く道もどこか辺境の匂いがする。
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