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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2010.11.14
 駒五郎の神楽坂建築塾講義02☆燻煙乾燥機の導入
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森と建築

製品価格の低迷で丸太も思うように集まらず、背に腹は変えられず、ロシアから赤松を輸入して、製材しました。本来国産材を守ろうと思って作った工場が外材を挽くのですから話にならない状況でした。
一時円が70円台に入った1995年に転機が訪れました。山形県で木材業者の青年部の大会があり、それに出席したときの話です。アトピーの女の子の話を聴く機会がありました。原因がわからずにほうぼうの病院を渡り歩き、北里大学へたどり着きやっとビニールクロスの接着剤が原因だと解りました。家が人を傷つけることに大変ショックを覚えました。
そこから考えました。国産材であれば、ビニールクロスの代わりにムク材を使ってもらえば、病気になる家をつくらずに住むのではないか。勉強が始まりました。ところが調べれば調べるほど、簡単な話ではなく木材に塗られている塗料もダメ、合板もダメ、新建材類もダメ、第一、木材自体が防カビ処理を施しているため、体に悪い、話にならない。
私たちがメーカーから教わってきた安全性はすべて間違っていたと分かりました。方向転換を迫られました。
エコロジーな建材をつくろうと目指し安全性の追求をすることで生き残りをかけようと考えた。1998年に加工板、内装材の生産を開始しました。同時に自然塗料の販売も開始しました。
1999年にエコロジーな木材の乾燥方法として、燻煙(くんえん)乾燥機の導入に踏み切りました。商社、問屋、市場からの脱却を目指し、関東へ飛び込み営業を開始、その時に埼玉にある千葉工務店の社長と出会いました。当時は専務でした。千葉専務の誘いでこの神楽坂建築塾を知り、第2期の講義録生になりました。そこからいろんな出会いがありましたが、その話はあらためてゆっくりと。
2000年、防カビ処理木材を全面中止し、商社、問屋、市場への販売をやめました。やめたというよりは安全な材料は買ってもらえなくなったといったほうが正しいかもしれません。....続く

駒五郎の神楽坂建築塾講義01