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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2010.11.08
 井上武吉先生
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左端・建主の井上先生と上棟式の職人さんたち。1984年、鎌倉名月谷のアトリエ。
鈴木喜一建築計画工房(1984~)最初期の家(自宅+アトリエ)ということになる。1980年以降で、この年と1982年だけは国外への旅ができなかった。建築の仕事に専念していたからである。

●大和田
今日(1998年3月9日)、神楽坂の毘沙門天前の郵便局に行く途中、ふと左手を見たら、うなぎ専門店の大和田の建物が取り壊され始めていた。何回か、ここで食事をしたことがあり、しばらく立ち尽くしていた。神楽坂にずいぶん長い間住んでいたのだが、ここに始めて連れてきてもらったのは、彫刻家の井上武吉先生だったことを思い出していた。井上先生は僕がパリに遊学していた当時、同じ宿舎に住んでいて少なからず影響を与えてくれた。先生は日本に戻ってきて鎌倉に住んでいたのだが、時々、僕のアトリエにやってきて一緒に仕事をしていた。仕事が一段落すると「鈴木君、大和田へうなぎを食べに行こう」とよく誘ってくれた。先生は大和田のうなぎが大好きだったようで、本当においしそうに食べていた。その井上先生が去年の秋に急逝してしまい、そして大和田も「専門店のうなぎ屋の時代は終わったと感じますので初代より70年にわたるうなぎ屋をこれにて幕引といたします」という挨拶を残して神楽坂での舞台からおりてしまった。神楽坂の頑固な風景がまた一つ壊れてしまった。
この大和田を描いたのは1995年10月22日、比較的風の強い日で風に暖簾が揺れていた。

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