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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2010.10.29
 回り道●建築家、芸術家としての道
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人の生と死のように、晩秋の喬木は壮厳な風景を見せて来たるべき冬を耐えようとしている。

influenced by cistercien architecture

以来、シトー派修道院建築を訪ねてみたくなったと記憶している。1980年秋の古い旅日記を久しぶり読んでみたくなった。

【旅のノート・VOL7】
テーマに逸れてしばらく回り道をする。僕にとって、興味深い懐かしい記述があったからである。

1980年10月16日
01●現代の証人として
二~三時間、先生と話をした。ほとんど先生が話した。奈良の裕福な家の出身で、兄がいて、オフレコだろうが、奈良で偽造ダイヤモンドの工場を経営しているらしい。彼の弟が先生。奈良の師範学校を中退。父の反対を押し切って、上京。亀井勝一郎氏をしたって、武蔵野美術学校彫刻家に入る。学生生活は大分おもしろかったらしい。藤井先生や助手の川口氏等をずいぶんやりこめたらしい。目上の人であっても筋の通らないことは嫌いだった、ということである。学生結婚。二人の子供がいる。今夜はなぜか、普段の先生とは違った、老大家から話を聞いているような錯覚におちいった。その後の話は、ここまで、まじめに芸術に生きている人がいる、ということに尽きた。
建築家として生きていくには三つの道がある。一つは注文通り、何事もなく、技術者として建築をつくっていくこと。もう一つは、スターとして、あるいは名誉を欲して、その流れのなかで建築をつくっていく人。そして三つ目には、現代の証人として建築をつくっていく人。この三つであると。そして、この最後の道こそ、建築家、芸術家としての道であると。井上武吉氏は、君もその道を歩みなさい、と言っているように思えた。

井上武吉邸
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