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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2010.06.29
 中村真悟のカシュガル便り
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(撮影/中村真悟)

ニーハオ。ご無沙汰しています。東京もかなり暑いようですが、北京ももう夏真っ盛りになっています。お元気ですか。講義録ありがとうございます。銀座の路地、楽しそうですね。大規模開発済みの北京でも歩いて面白い場所が、まだまだたくさんあるんやろうなあと思いました。
実は、先週の端午節(旧暦5月5日)連休に、中国の最西地、新彊カシュガルに一人でぶらっと行ってきました。ずっと行ってみたいと思っていた場所の一つです。
「カシュガル」という言葉の響きは、ぼくのなかでは、ちょっと特別なものになっていました。喜一先生の「中国民家探訪事典」にも載っていますよね。喜一先生が行かれたのは1985年ですか...。
●そうです。暑い夏でした。(KS)

ウイグル族の人たちの街を訪れるのは、今回が初めて。現在のカシュガルは、ウイグル族の人たちだけでなく
多くの漢族の人たちも住んでいるそうで、街中にも漢字の看板が多く目立っています。それでも、ウイグル族の人たちの服装は、西洋化が進んでいるとはいえ、僕から見れば、まだまだ、いわゆる異国情緒にあふれ、見ていて楽しいものでした。ただ街の様子は、漠然と抱いていた、素朴な街の面影はなく、現在進行形で開発がかなり進んでいました。
土色煉瓦の住宅、曲がりくねった路地、親密感の漂う旧市街エリアは、街の中心部に僅かに残されている程度でした。その旧市街エリアも、横路地にちょっと入ると、その裏手は、すでに壊され、なんにもない空き地が、唐突に、ぽっかりと広がっているところばかり。この数年で、ずいぶんと取り壊しが進んでいる印象をうけました。この親密な街割は、一本の通り沿いに、ほんとに皮一枚でしか残っていない感じでした。旧市街を案内してくれたウイグル族の人は、この最後に残っている部分も数年したら無くなっているかもしれないと言っていました。
それでも、そのわずかに残された旧市街のなかで挨拶をしたり、話しかけられたり、子供たちに遊んでもらったりしていると、救われた気分になり、こうした人と人との関わりの部分は残っていってほしい、と願わずにはいられません。
ところで、カシュガルからタシュクルガンに向かう途中にある湖(カラクリ湖、海抜4000m)にも行ってきました。
カシュガルからパキスタンに向かう一本道の、7000m級の急峻な山々が連なる風景は、圧倒的で、ぼくが1996年に見た風景と変わっていませんでした(ぼくが見たのはパキスタン側ですが)。こうした圧倒的な風景は、さすがに簡単には変化しないだろうと思いながら、何時間も車に揺られていました。次に行くことがあれば、カシュガル近郊の小さな村に行ってみたいですね。
それでは、また。再見。(なかむらしんご