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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2010.03.11
 再読●長谷川堯の「モダニズム・ファシズム」に抗して
神楽坂建築塾講義録/02●「モダニズム・ファシズム」に抗して/長谷川堯

1970年代初めは合理主義全盛時代で、「工業化に奉仕しなければ建築家にあらず」という風潮だった。それまでの様式主義建築やバナキュラリズム(土着的な地域主義)も、一掃されてモダニズム一本に収斂していくのだ、という確信を誰もが持っていた時代だったように思う。昔の建築で近代社会に合わないものは淘汰されていくのが当然、そんなものたちは生き延びる理由もない、と美学や哲学の世界でも信じられていた。私にとってつらい時代だった。古い建物の保存をよびかける運動をしていても、周りからは「歴史的に貴重なものであれば理解するけれど、一般的なものだったら残す必要はないだろう」と言われたものだった。まるで「モダニズムファシズム」だった。
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