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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.11.16
 26★中国河北省承徳
【中国河北省承徳】
偶然に偶然に偶然が重ねられて旅のストーリーは成立している。旅は未知なるものをたっぷりと含み、それゆえに偶然の恩恵に浴し、その偶然に救われて一日一日をたよりなく確実に生きのびていく。不安と危難と一対のそこはかとない非日常の魅力がいつも旅への衝動に駆り立てる。
……1993年陽春、天津港から北京経由で承徳(CHENGDE)に入った。以後、上海、杭州、紹興と旅は続いていくのだが、ここでは北京の北東約250キロ、承徳での滞在11日間をふりかえることにする。

……美しい風景を見た。多くの人たちに出会った。すぐれた画家の静かなアトリエで素晴らしい絵を見た。密入りのおいしい焼餅(シャオピン)をほおばりながら街角のポケットシャングリラ(小さな茶館)に毎日通った。星火雑技団のメンバーとは大の仲良しになってしまい、このまま一緒に中国各地のドサ回りだ、という気分にもさせられてしまった。
ある雨の降る夕暮れ時、友人になった青年医師劉衛民の自転車の後ろに乗せてもらって彼の長屋住まいの家庭を訪ね、おいしい食事をたっぷりごちそうになり、夜半まで尽きることなくおしゃべりをした。あれは実に楽しい夜だった。承徳医学院では医師たちを相手に僕の特別授業(日本の民家と題してスライド約200枚を上映、このスライドは杭州の国立浙江美術学院で上映するつもりだったのだが……)、これは残念ながら十分に真意を伝えられなかった。専門領域の相違もあるが、それ以上に言語の壁はやはり厚く、心地良い敗北感を感じて苦笑いをしてしまうのだった。でも20人あまりの医師たちは実に辛抱強く見てくれたので頭の下がる思いであった。
熱河画院の実力のある書画家たちとの交流、承徳医学院要職の方々たちとの豪華な会食、夜の停電とそのたびに蝋燭を持って来るかわいい小姐、シャブシャブ屋で開かれた僕の送別会の夜。こう指を折ってみても両手では納まらない承徳ストーリーの数々……、その中から今回は馮管子村(FENG YENG ZI CUN)を訪ねた日記を紹介してみよう。

1993年5月8日(土)、晴れ。
承徳賓館230号房。7時15分起床。シャワーを浴びて身支度を整え、今、約束の8時30分を回っているのだが、露店でのんきにラーメンを食べている。道路を隔てて医学院の門前では3人が僕をいまだ遅しと待っている。王海林、王海梅、劉衛民、すでに知己の友人のような気のする承徳医学院の先生たちである。今日は4人で自転車を走らせ、あてどない旅というわけである。リーダーは王海林、中医科医師37才、人体だけでなく電気関係のトラブルも簡単に直してしまう名医である。王海梅、語学教師27才、学生たちに慕われる若き女性教師、趣味は幅広く音楽を聴くこと。劉衛民、中医科医師27才、少林寺拳法で鍛えた足は空高く上がり、レンガなどは空手で軽く割ってしまうのである。
まず4人で活版印刷屋に行く。依頼していた僕の名刺をみんなで校正する。幸いなことにみんな日本語がかなり出来るのであった。雑談をしながら自転車で承徳郊外へ。
9時38分、ラマ寺に行く前に農家をぶらっと見学。久し振りに豚を何匹も見た。ほとんどの豚は横になって寝転んでいたが、僕が熱心にのぞきこむと慌てて立ち上がりオロオロしてしまう。農家の多くは中庭をはさんで豆腐をつくっている小屋を持っていた。その小屋をのぞきながら、ユバも出来ているので口に含んだりしてみる。家の主人たちは町の自由市場に荷台付き自転車でこの豆腐を売りに行くようだ。中庭にはポンプの井戸(深さ約10メートル)と地下のムロ(大地の冷蔵庫約3×3メートル)があり野菜や果物を貯蔵している。日当たりのいい場所には大きなカメがいくつか置いてあり、唐辛子、キャベツ、トマトの苗などが植えられている。そして必ず犬がいる。
ある農家の庭では、さっき見てのどかな気分になっていた豚君たちの、その仲間の豚の解体現場を見てしまった。見なれない光景である。真顔で見つめる僕の肩甲骨あたりを後ろからグイと抑え、劉衛民はニヤニヤ笑いながら言う。「今、ここを解体しています」
ラマ寺を見学。どの仏像にも瞬間の動きとユーモアがあり見ていて飽きることがない。思わず話しかけてしまう。境内には松の大木ばかり、少林寺の劉衛民は宙に舞って、その一本の松に迫心の蹴りを入れる。これは医師だけではなく映画俳優にも使える。12時15分、昼食。小さな売店を占領してプーレ啤酒、焼立てのシャオピン、ソーセージ、そら豆、南京豆などをぱくつく4人であった。
食後はリンムー(鈴木、つまり僕)の好きそうなところを探し求めてサイクリング、承徳市を遠く離れて名もない村へ。選んだ場所は馮管子村。小さな美しい農村集落で、人々はみんなやさしく質素に日々を過ごしている。散歩をしてから僕は村の民家でしばし昼寝をしたあと、小高い丘の上に腰を降ろしてスケッチを始める。セーターを脱いでちょうど気持ちの良い5月の陽光、風ものどかに流れている。王海梅はぼくの2Bの鉛筆を一本貸してくれないかと言い、一緒に村の風景のスケッチを始めている。劉衛民は木にもたれて海梅の持参したウォークマンを聴いている。王海林は静かに遠くを見ながら心の一部を天空とつなげているかのようだった。

シャブシャブの送別会
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