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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.11.12
 僕の胎内には膨大な旅の経験が澱のように沈んでいる☆interview●03
鈴木さんの中で旅と建築は切っても切れない。そして、現場で描くスケッチはその場所をつなぐ大切なメディアということですね。
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そういうことになるのかな。旅は今でもよく出かけます。年に三回か四回、多い年は五回か六回、合計すると大体、年100日前後。まる一年間、日本にいなかったこともある。10年に一回ぐらいそういうことをしてもいいなと思っているんです。30代の初めはパリでしょう。そして40代の初めには中国に行った。杭州の中国美術学院の研究員として一年間在籍しました。籍は置いていたけどやっぱり学校にはいなかった。中国はむろんアジア全域をほっつき歩いていました。東京堂出版から出した『中国民家探訪事典』はその時の結果的な本ですね。いつもそうなんですが、取材があってそれから旅が始まるというのではないんです。まず動く、かなり衝動的にね。そうでないと僕の場合、成果になりにくいですね。
自慢じゃないですが、正月も16年連続して日本にいないんですよ。ここまで連続して日本にいないと、いる方がおかしい(笑)。正月前後は建築の現場もあまり動かないしね、その休暇を前後にぎゅーっと引き裂いて1か月ほど旅の時間をつくる。正月でなくてもね、旅の時間をつくることにかけては達人です(笑)。
旅に出て得難い体験をしないとね、世界の中で迷っていないと、僕自身が僕自身でなくなる。旅しない鈴木喜一なんて、何の役にも立たないでしょ(笑)。昔ね、ブルーノ・ゼヴィの『空間としての建築』という本を読んで、その冒頭に「どんな辺境であっても、各地を遍歴する労をいとわない人だけに建築展の門戸が開かれている」と書いてあった。要するに、建築は美術館や書物の中で体験することができない。建築が立地しているその場所を訪ね、そこで直に触れることが大切だと。その一文を発見して、旅と建築は切っても切れない関係にあるんだと思いました。
うちの工房の若い人や大学で学生諸君にも、旅に行っていろんなものを見て聞いて考えてきたらいいよ、と常々言っています。知ったつもりでいることと、行ってみてわかることはちがいますからね。彼らも元気に世界を歩いてきて見応えのあるスケッチやフィールドノートを見せてくれる。その報告を受けるのも刺激的でうれしい。
僕の場合、旅先では、その土地に根づいた民家や暮らしぶりに目が行くから、できるだけ奥へ奥へと入って行くことになる。遊んでいるようで、結構、真面目に踏み込んでいることになるのかな。こうして自ら率先して外に出ていろんなものを見ることは、僕のライフワークだと思う。旅を始めて20年、僕の胎内には膨大な旅の経験が澱のように沈んでいる。
最近はアジアや東ヨーロッパに行くことが多いですね。どちらかというと土埃りの立つところ。言葉がわからなくても、現地ではまったく問題ないですね。絵を描いている人間に対してはみんな好意的。僕にとって絵は本当に有効なプライベートメディアなんです。言葉以上の力を発揮する。絵を描いていることで、家に招待してもらったり、ご馳走してもらったりすることもよくある。でも、人が寄ってきて囲まれて大変。描こうとする風景が見えなくなっちゃうから(笑)。

interview●02

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