FC2ブログ
旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.11.10
 23●イスタンブールの記憶
20091112144541.jpg
僕の旅の同時代に『全東洋街道』(藤原新也)が出版されている。

●イスタンブールの記憶
もうちょっと脱線しますね。娼婦街で一番圧巻だったのはイスタンブールだった。イスタンブールは坂の町で歴史もあってとてもいい場所なんです。ボスフォラス海峡があって、船が絶えず行き来している。地元の人たちは通勤に船を使っている。夕暮れ時の風景を見ながら家に帰る。これっていいなあ、なんて思ってしまう水の都。
そのイスタンブールの娼婦街に行きました。成り行きっていうこともあったけれど、好奇心も強かった。ヒッピー系の日本人がたむろしている安宿に泊まっていたんだけれど、誘われるんですよね。
「あのう、先輩、行きませんか」ってね。
誘われるとあまり断わらない。まあ、興味もあったし。一緒に泊まっていたもう一人の控えめな日本人に、君もいっしょに行こうよ、と言ったんだけれど、
「いや、鈴木さん、僕はモラルとして、なんか好きじゃないですから」と。わりと律義な人で......、それが普通ですかね。その人とは、今、一緒に建築の仕事をしたりしていますが。
結局二人で行くことになる。イスタンブールのガラタ橋をわたって、わりとすぐの坂があって、街路をはさんで左右にざあーっと娼館が並んでる。街路に面したエントランスがガラスで、その中に百人くらいの女性が立っている。そんなところがあった。かなり変な話をしてるね、まっ、いいや。
何て言うかな、そういうところに行くっていうのは、おかしいかなあ。その気持ちはね、さっき好奇心って言ったけれど、世界はどうなっているんだろうっていうことに通じている。未知の領域だから、ある種の覚悟もいるんだよ。土地の男たちがいっぱい群がっていて、ほぼ全裸の状態の女たちがいるでしょ。で、その光景を二人で唖然と見ている。
メインロビーみたいのがあって、奥に入って階段を上って二階、三階、四階ぐらいまであって、狭い暗い階段だったな。部屋に入って、なるほど、と。僕は一応建築家だけれど、だからといってそこで実測するわけにもいかないよね。でも、なんとなくこう部屋を見回して考える。将来小説家になったらディテールがこれで書けるな、照明はこんなになっていて、カーテンはこうで、ドアはこうで、ベッドカバーはこういう柄で、というのを観察するわけです。なんかもう、欲情がどうのこうの、そういうことは丸っきりすっ飛んでる。娼館のプランはどうなっているんだって、隣をのぞいたりしながらね。
結局ね、修業が足りないっていうこともあるんだけど、娼婦に笑われてね。お金は払ったんだけれど。「話しをしようよ」という展開になった。簡単な会話、いくつ ? とか、どこの生まれ? 、家族は? 、という他愛のない話。でも、トルコ語でしょ、わからないよね。英語もたどたどしいんだから。まあ、身振り手振り。絵でも描かせてくれない?と言っても、そうもいかない。連れとの手前もあるからすぐに出てくるわけにはいかない、ちょっと休ませてくれという感じになるんだな。すると、まあ、言葉が通じないけれど、なんとなく事情がいろいろわかったり、隣の部屋の動静とか、洗面器で女が体を洗う音が聞こえてくる。じわじわとその場所の空気が感じらてくる。
それで、しばらく時間もいい頃だから、ありがとう、といって外に出た。そしたら彼が下で待っててね、しょぼんとしている。極度に緊張したり、いろいろ状況が違ってきたりということもあるし、なかなか簡単にはいかないよね。でも彼はしょげてる。「悔しかった」とか言ってね。実は僕もそうだったんだから、と慰めてあげればよかったんだけれど、言いそびれてしまった。そんな記憶がイスタンブールにはある。その彼とはもうそれっきり。まあ一夜だけの友だったんだけれど......。

その後、地球が一回転したというか、びっくりするようなことが十年後にあった。僕は武蔵美の、通信教育部の建築史の教師もやっているでしょ。夏のスクーリングの特別講義があって、その時はビルマの話をしたと思うんだけれど、そしたら、僕をじっと執拗に見つめる学生がいるんだ。講義が終わってみんな僕の回りに集まって来た。その中に彼も入ってきて、
「先輩!」って確信犯のように笑いながら語りかける。
「先輩 ? 」
「イスタンブールで一緒だった僕ですよ」
顔も忘れてしまっているから、首を捻っていると、
「一緒に娼館に行ったじゃないっですか」と言われて、
「ああ、ああ、あの時の君かあ !!! 」
だから、なかなか迂闊なことは出来ない、なんて思った。そんなふうにグルッと地球が回ってしまうことがあるんだな。
スポンサーサイト