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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.10.25
 武蔵美近代文明論☆12●死を想う空間
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●死を想う空間
普通、人間の都市というのは、河を挟んで発達する。そこに橋を架ける。バラナシには橋がない。片方は砂漠だけ。まったくの砂漠っていうんじゃなくて、そこにしがみつくような草が生えている。マリーゴールドぐらいの花が咲いていたりする。あとは骨がいっぱい流れついている、そんな世界なんです。不思議な空間だなあって思って、何日か通ったんだけれど、理由がわかったの。
なぜ、片方に何にもないかといったら、とにかく東側が砂漠なんだよね、それは太陽が昇るから。つまり、バラナシの岸辺、バラナシの砂漠は太陽が昇るためにだけあるわけ。朝6時前なんだけれど、インドの各地から集まってきたヒンズー教徒たちがガートっていわれている段状の岸辺に集まって、沐浴をしている。水をかぶって、人の世の汚れを落としている。水を汲んだりして持ち帰ろうとしている人もいる。そういった光景に出会った。祈りの空間に人工的なものがあってはいけないってことがごく自然にわかった。
藤原新也の本で『メメント・モリ』っていうのがある。『メメント・モリ』って本を見たことのある人いますか? ちょっと手をあげて。いない? メメント・モリっていうのはラテン語で《死を想え》っていうことらしい。

旅と建築☆素のアジア

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