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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.10.31
 19●だから、絵というのは不思議なもの
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●だから、絵というのは不思議なもの
写真から絵に話が移っていますが、自分が描いている、というのは、自分の技術で描いているということになるんだけれど、本当はそうじゃない。自分が描いているのではない。とくに風景は。じゃあ、何が描いているのか。その場所の風とか土埃りが描いている。
ものすごく寒い時……。映像学科に薮野さんっていうものすごくうまい、画家なんだけれど、カッコイイ人がいるんですが、彼と一緒にスケッチをしたことがある。僕はスケッチする気がなくて、熱海にね、坪内逍遥の別荘があって、そこで何かの集まりがあって、4、5人でワイワイ一杯飲みながら、なんていうことをやっていた。夕方、薮野さんが絵を描きだした。大きなスケッチブックに、紙もアルシュだった。折りたたみの椅子もあって、座布団まで持って来ている。冬だったからカイロを体に入れちゃってさ、気分良く絵を描いてるのね。で、さすがだなあと思って、ちょっとのぞきに行ったら
「鈴木さんも絵を描くんだから描きなさい」って言われて、紙をくれて、道具もまた全部貸してくれて、筆も使っていいよ、って言ってくれて、
「薮野さん、ずいぶん準備がいいですねえ」
「ええ、まあ」
そういう話になってね。とにかく僕はその上等な紙をもらって、薮野さんと一緒に絵が描けるなんて光栄だし、うれしくて一緒にやった。薮野さんが、「鈴木さん、かわいそうだから、じゃあ、座布団」って、彼は座布団を僕にくれたの。僕は岩のごつごつした岩の上に座って、こう描いていたの。「いや、僕は岩があるからいいですよ」って言って、断ったのね。そしたら彼は「ヤラレタなあ」ってなことを言った。
僕は座布団の上で絵を描く気はないわけですよ。薮野さんを馬鹿にしてるわけじゃないけれど、その場で描くということは、その場の最小限の道具でね、描くということ。カイロを入れて、体を装備して、指先だけ空いている手袋して描くとか、そういうことじゃないと僕は思う。
今年の正月は韓国に行ったのね。昨年の暮れから今年のお正月までは韓国を旅して絵を描いていた。だいたい零下8℃ぐらい。土地の人に、何度ですかって聞くとさ、温度計も見ずに-8℃だって言うわけね。ホントかなと思って、他の人にも何度?って聞くと、やっぱり-8℃ぐらいだなって答える。温度計がなくてもわかる。やっぱりこれは-8℃なんだなと思って、その-8℃を感じる。結構冷たい。ガチガチになる。普通は手は動かない。でも不思議なんだよね、絵を描いてる時は動く。動いちゃう。冷たいことは感じてるんだけど、まあ、手は動く。絵具をつけて、水をばあっと、やるでしょ。するとパリッ、つとね、その場で凍るんだよ、紙の上で。だから、水を解いて絵の具をつけるとカキ氷みたくなるんだな、ジャリジャリジャリって。それを構わず塗るしかないわけ。だから、技術なんてもんじゃない。寒いから、すごい勢いで描くっていうこと。多少の習練があるから、形はそんなに狂わない。しかも、事前に歩いてるから、あの町が、あの村が、あの家の屋根が、どんなふうになっているのかというのがだいたいわかる。
そんなふうに描いているとね、絵っていうのは、その日の、空気が描かせているものだと思う。水なんかもそのへんの池の水拾ったり、雪解け水で描いたり、まあ、海の水で描いたこともあるし、ワインで描いたこともあるし、チャイで描いたこともあるし、もういろいろなんです。その場所の水を使う、つまりその水が描いている。