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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.04.14
 高校生の頃の悠
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月命日31

毎月、悠の月命日前後の日曜日に国立の事故現場に花を置きに行っている。その時 地下鉄東西線の落合の駅を通る。そこはたった数年前まで悠が毎日高校へ通っていた駅。ほんの数年前までの3年間、彼はきっと楽しく学校に通っていた。
それは、そう、ほんの数年前・・・
明治大学付属中野高校という、男子校。そこで彼はどのように毎日を過ごしていたのだろう。高校生ともなると学校のことはほとんど話さないし、悩みも話してはくれない。いつも友達と高田馬場のゲームセンターで遊んだりしていた。家にもよく高校の友達を連れてきて遊んでいた。多分同じ年代の子にしては、友達をよく家に連れてくるほうだったのではないかと思う。地元の友達とも仲良く、やはり家に連れてきて、屋根裏部屋でゲームをしていた。時には囲炉裏を囲んで闇鍋なども作って楽しんでいたようだ。
古い木造の家を愛した子だった。そして友達づきあいのいい子だった。
勉強に関しては、どうなのか? 多分、受験をすることを決めてから、やっとやる気になったに違いない、というくらいだろう。小学校低学年では地域マラソンに優勝したりしていたし、中・高学年ではサッカー、中学では軟式テニス、高校では硬式テニスに夢中だった。私は、彼は体育会系の人間だとばかり思っていたくらいである。
高校卒業前、一時は、将来、消防士さんになりたい、と真剣に考えていたようだ。ニューヨーク、9・11のテロの時の消防士さんの活躍を見て感動してのことだった。
そして今、アトリエでは、若い消防士さんの家を奥多摩に一軒設計し、更にこれからまた消防士さんの家の設計が始まる。その設計を担当するのは、悠の武蔵野美術大学での同級生、上見浩基くんである。
とても不思議なことのように思える。
もしかしたら、悠が憧れの職業だった人たちと楽しく交わるために、消防士さんをこのアトリエに連れて来てくれているのかもしれない。彼もきっと上見くんと一緒に設計を考えていくに違いない。(AS)
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