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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2009.01.04
 里の風景
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加藤嘉六さんが撮影した玉川上水とその周辺の里の風景を見た。身近にこんな逞しい自然があったのかと改めて気づかされる。
玉川上水といえば、鷹の台駅から武蔵野美術大学にいたる上水沿いのロマネスクトンネル(柔らかなアーチを描く並木道を個人的にこう呼んでいる)が思い起される。
僕はかつて、ここをゆっくりと、ほんとうにゆっくりと歩きながら近代文明論という講義の心の準備をしていたものだ。穏やかな思索の道だった。鳥の鳴き声や季節ごとに彩りを変える雑木の魅力を十分に肌で感じとることができた。

人間と自然が350年以上もの長い時間をかけてつくりあげてきたこの里の風景がいま危うくなっているという。これを現時点で記録しておこうという加藤嘉六さんの写真の現場を追体験してみようと久し振りに取水口である羽村の堰に佇む。上水の流れを左手に見ながら歩き始める。屋敷森の中に大ケヤキと古い酒蔵が残る田村酒造まで行ってみよう。ゴールデン・ウィークだというのに人気は少ない。音もなく清水が流れている。木漏れ日がゆらゆら揺れる土の道。僕はいつしか1653年(江戸時代初期)にタイムスリップしている。

江戸は日本橋あたりの中心部を除けば水田もかなり残っていた。日本型田園都市の原景がここにあるという仮説も成り立つかもしれない。とはいえ人口が急増している花の都でもあった。その江戸市民の飲料水を確保するために玉川上水が一筋引かれた。
上水が流れる当時の江戸郊外には原野というような田園が広がっていた。江戸が都市であったとするならば、その後背地は豊かな自然に恵まれた山林と農耕地だった。都市と農村の循環が理想的に成り立っていた。いや、成り立つ仕組みをつくってきた。だからこそ300年以上も江戸、そして東京と、脈々と続いてきたのである。
その里の風景が徐々に侵食されている。農地は次々に宅地となり果て、野性の自然はすみっこに追いやられてゆく。何かが崩れかけているという予感をいま誰もが感じているだろう。この趨勢に少しでも歯止めをかけるためには、まだ身近に存在している里の風景と生活を注意深く見直すことが必要だろう。
心地よい風を感じながらそんなことを考えている。

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