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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
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2007.07.16
 横寺の家のキッチン
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MMたちのランチ
★I ポットどうしようかなあ

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「横寺の家抄」
午後のひだまりの中……。傾きかけた我が家、いや傾きが少し直った我が家を眺め続ける。昔と少しも変わらない。いったいどこを直したんだろう。わずかに屋根裏の窓がついただけ。変えたんだけれど、この家は何も変わっていない。横寺の家を飽きもせずにぼんやり見ていると、やっぱりどっしりとした明治生まれの義父高橋博が生きていた頃を思いだす。
 ぼくは彼を尊敬していたし、彼の仕事もすごく好きだった。自分のやった仕事が絶望的になるぐらい好きだった。高尾さんが伯父さんから影響を受けたように、ぼくも義父から影響を受けた。でも接点がなかった。一度として建築の話をしたこともなかった。なぜだかわからないけれど、ぼくらは言葉の通じない外国人のようだった。いや、ぼくは高橋家で全く発言資格をもっていなかったようにも感じていたし、それはたぶん彼の意志だったと思う。

 突然、ガラガラガラと勝手口の戸が開いて、
「喜一くん、どうしたんだ」
 ざらざらしたホームスパンの茶色の上着をきた義父が出てきて低い声で言ったような気がした。ぼくは驚いてとにかくにっこりとあいさつをする。
 義父は無言でうなづいて奥に消えていった……。そう、彼はいつも無言だった。だが、その無言のうちに教えられたことが山のように多かった。
「喜一くん、どうしたんだ」と再びぼくの後ろで声がする。ぼくの背をとんとんと叩くのは10才になる息子の悠である。寝袋を手にしているのは友達の小野田クンである。最近、彼らはとても仲が良い。「今夜は二人で屋根裏に寝るんだ」と言って勝手口から土間へと元気に入っていった。
 青空はもう夕暮れにさしかかっている。さあ、そろそろアトリエに戻ろう。

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