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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2007.03.25
 中国
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胡同を歩きながら四合院を訪ねる              

中国の民家の代表格はなんと言っても中庭(院子)を持った四合院住宅である。この中庭形住宅の分布は江南一帯、安徽省、山西省、福建省、雲南省、新疆ウイグル自治区まで、ほぼ中国全域にわたっている。漢族の四合院(シーホーユアン)住宅は形や構成を少しずつ変えながら、各地の中国民家に大きな影響を及ぼしているのである。
北京に入って、僕は王府井(ワンフーチン)の裏通りの常宿に荷を降ろし、北海公園を右に見て、城内の北西に位置する西四北大街に向かった。西四北一条から八条の胡同(フートン)を順番に歩いてゆく。このあたり一帯は北京の典型的な高級住宅地である。胡同の灰色の壁面には北京市文物保護単位や胡同命名の由来を記したプレートも掲げられている。要するに四合院保護区なのである。
一条、二条、三条と歩き、そろそろ内部を見学したくなってきた。中に入るには門をくぐらなければならない。西四北三条13号の大規模な四合院住宅の大門を思い切って「コンコン」とノックする。丁重に見学を願ったが、門衛に固辞されてしまった。
この四合院の内部は現在、住宅ではなく幼稚園になっているようだ。つまりこの辺りの四合院は間口の割には南北に相当長い奥行きを持っている。中庭が奥へ奥へと重層していく平面形式なのである。学校や役所等の公共施設に転用できるほどフトコロの深い大邸宅であった。 
しばらく歩いていくと「烏魯木斉(ウルムチ)市人民政府」という看板の掛かった四合院がある。ちょうど大門が開いていたので狛犬の頭を撫でて入って見る。大門の通路脇には冬の寒さを物語る丸い煉炭が積まれている。そして影壁と呼ばれる目隠し壁に突き当たって、鉤形に左に折れる。昔は垂花門という二番目の門がここにあったはずだが、この四合院には通路だけを残して中庭は隙間なく部屋が増築されていた。
槐の並木が柔らかい樹陰をつくっている。六条通りまで四合院の建つ胡同をくまなく歩いてきた。鉤のかかっていない大門の場合はさりげなく入っていく。だが、必ず住人に見つかり、「不行」(プーシン=ダメ)と言われる。
覗き見した四合院の半分以上は中庭部分に簡易的な増築がされていた。保護区であるために、大規模な改築が出来ず、さりとて家族は増加する。本来の四合院を保つのがなかなか難しいという状況なのだろう。
西四北六条二一。比較的さっぱりした四合院が残っていた。この家の奥さんはどことなく品がよい。「少し中を見せてもらえますか ? 」「どうぞ。ゆっくりして下さい」
しばらく中庭で休ませてもらう。夏の北京は三〇度をゆうに越えている暑さである。奥さんがさっと冷たいお茶を出してくれた。ありがたい。中庭にはやはり槐の木が植えられている。国樹だと言う。あれがナツメ、手前の木は香椿だと教えてくれる。かつてこの家にも垂花門があった。中庭にはその痕跡が残っている。
約二時間……、絵を描き終えて正房に招かれた。天井の高さは約四メートル。この家の先代は中国の高名な画家だったらしい。周恩来首相と親しげに談話している写真が正房の壁の上部に飾ってある。
「父は陳半丁と言います。山水花鳥の画家でした。あなたは画家ですか ? 」とご主人に質問されて、「我是建築家」と書く。たよりない筆談の後で、ご主人は僕のスケッチをしげしげと見つめ「陳燕保宅」と左隅に署名してくれた。
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