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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2006.10.22
 長谷川堯先生の論文を読んで(鈴木悠)
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「忘れられた建築家高橋博の建築とその半生」

私が雑誌『住宅建築』1985年10月号(110~155頁)に、祖父高橋博(1902~1991)の建築が特集されているのを知ったのは最近のことです。そこでは、武蔵野美術大学教授の長谷川堯先生が巻頭論文を書き、父鈴木喜一が高橋博の人と作品への出会いについて記しています。私は生まれてから三回家を変わりましたが、すべて高橋博の建築の中で育ちました。
1985年10月号には現在住んでいる「横寺の家」も少し掲載され、詳しくは1996年4月号に紹介されました。「横寺の家」は祖父がなくなってからしばらく放置されていましたが、1995年に修理・改修され、本質的には昔も今もほとんど変わらずに建っています。
特集記事には主に、「山野の家」、「那須の家」、「市ヶ谷の家」、「市川の家」が紹介されいました。高橋博は若い時に、大正末期から昭和の初めにかけて(1923~30)、8年間ロンドン大学に留学していたからか、設計した建築には、日本の民家(農家や町家)とともにイギリスのカントリーコテージの雰囲気も感じさせます。現存しているのは、「高橋建築事務所」(アユミギャラリー)、「横寺の家」以外には「那須の家」だけになっていて訪ねて歩くことができないのが残念です。

「横寺の家」に暮らしていると、様々なことに気づかされます。戦後まもなくの材料が乏しい時代に建てられたのにもかかわらず、大工さんの仕事がとても丁寧です。家具や椅子もその大工さんたちが作ったものがあります。大工さんの手技は木材の表面にまで表れていて、ノミや手斧で刻みこまれている細部を見ることができます。細かい装飾がなされている建具や柱・梁はどこかなつかしい感じがします。現代の住宅においてもこのような装飾がされるべきだと思います。
また、友達の家に遊びに行ったりした時に、住居の質というか、ジャンルが違うな、と感じました。友達の家は清潔でさっぱりした感じはしましたが、とても軽い感じがしました。これは現在の住宅事情を反映しているのかもしれません。「横寺の家」は平屋でどっしりと構えていて、ある種の重みを感じます。友達が泊りに来た時「この場所ではよく眠れる」と言っていました。そしてさらにこの家には人を引き寄せる力があることにも驚いています。空間が持っている力なのでしょう。居間には囲炉裏があって、その囲炉裏の火を囲んで友達と鍋を楽しんだりしています。みんなここに来るのが楽しそうです。なぜこんなにゆったり心地よくできるのか、これから、もっと考えていこうと思っています。また、時流に流されず、地道な設計活動をした祖父の仕事をさらにしっかりみつめていきたいと思っています。(text by Yu Suzuki 2005.12)
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