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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2006.09.29
 あまりにも突然なんだ、悠君・・・
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弔 辞

あまりにも突然なんだ、悠君・・・
信じがたい事を信じろなんて!・・・
悠君自身だってそう思っただろうなー
悠君の大勢の先輩、友人だって皆そう思っている。
悠君のあのクルクルッとした澄んだ大きな眼、じっと見つめてにこやかな笑顔の好青年、とぼけた様にして、悠君は誰にでも好かれていたね。
そして人々の心のなかに忘れられない沢山の楽しかった出来事や思い出を残してくれました。
僕の記憶ですが、悠君の撮った写真で、白い砂浜に可愛いビーチサンダルがチョコンと仲良く、ふたつ、アユミちゃんと悠君のでしょう。確か悠君は小学生の頃だったかな!夏の企画写真展だったね。小さなキャビネ判だったけど、写真を観てあの時僕は思った。
この子はなんと心の優しい感性のある子だなー、やはりお父さんに似てセンスがあるんだ!と。それが悠君が幼い頃の最初の僕との出合いだったね。覚えていてくれたかな。
あれから中学・高校・大学へと進まれました・・・。その間、僕が神楽坂へ来てもまったく悠君の姿を見かけませんでした。たぶん猛勉強中だったのかな。
そして・・・突然、大橋先生!
僕、建築学科3年編入に提出する住宅模型を五点ほど製作しました。写真、撮ってくれますか?と。
あの澄んだ大きな眼で真っ直ぐ僕を見てくれましたね。悠君の顔を見て本当に嬉しかった。そしてあの時、僕は一生懸命に前に向かって進む一人の青年の姿を観たんだ。
その後、度々悠君に建築撮影の助手をお願いしました。本当に沢山手伝ってくれてありがとう。
ある撮影の時、僕は悠君に、建築家のすばらしい作品が沢山観られて勉強になるだろう、と言ったら“ハイ”とまたあの大きな眼を輝かせていましたね。
現場でも悠君は会う人々に好かれ頼もしい好青年だった。銀座での真夜中から夜明けの撮影、また昼間と、大変な撮影ををいやな顔もしないで頑張ってくれました。その時所長が「現場にもあのような青年が居てくれたらいいなあー」と僕にそっと言ったよ。
後で悠君にその話をしたら悠君は照れていたね。皆もそうだけど、悠君との思い出は沢山ある。
いつもアートな眼でものを観る、前進する悠君。もっともっと悠君には建築を観せてあげたかった。
本当に残念です。
あの澄んだ夜空の輝いた星になって、建築の図面を描いているに違いない。
悠君!
どうかご家族の方々そして神楽坂に集まる友人、仲間たち、欲張る様ですが悠君がいた神楽坂の街もいつまでも見守っていて下さい。
悠君は永遠に皆の仲間です。
やすらかにご冥福をお祈りいたします。

平成18年9月16日

大橋富夫

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