FC2ブログ
旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2006.08.26
 「戦後復興期の状況が生んだ珠玉の小住宅」
20060828232327.jpg


戦後、建築家によっていち早くつくられた小住宅といえば、僕の中でいくつか想い起こされる。増沢洵の「最小限住居」(1952)、清家清の自邸(1956)、 広瀬鎌二のSH1(1952)、A・レーモンドのカニンガム邸(1952)、そして白井晟一の「試作小住宅」1953もその中の一つだ。

戦後の混乱期を経て、1950年代から1960年代というのは、日本の建築界にとって特別な時代だったようだ。変革期だったとも言われている。旧体制から価値観も大きく変わってきたその時期に、建築、特に住宅を設計していた若い建築家たちが何を感じ、何を求めようとしていたのだろうか。

僕の生まれたのが1949年、そしていまこの原稿を書いている神楽坂のアトリエが1947年、当時のことを想像しながら書き進めている……。天井の松丸太を見つめていると設計者の意匠力なのか妙に落ちつく、といっても当時の時代状況を反映するかのように構造部材は華奢である。

白井晟一は精神性の高い作品をつくった建築家として知られているが、戦後の一時期に小住宅をたくさんつくっている。なぜ試作設計をしたのか?
当時はいろいろと建築制限があったという。住宅金融公庫は15坪以内という限度をつくっていた。資材も乏しかったにちがいない。設計者の誰もがそこをベースにして表現しなければならなかった。

[「戦後復興期の状況が生んだ珠玉の小住宅」]の続きを読む
スポンサーサイト