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旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
2006.02.13
 Subject: 空想と現実の狭間について。
20060212012108

RY●深夜にどうもです。
KS●どうも。お久しぶり。
RY●いや、長期休暇をいただいてしまったので、仕事が溜まってしまっていて、毎日、早朝から残業でなかなか返信を書けないでいました。やれやれ。
KS●やれやれですね。こちらもたった今、神楽坂建築塾の坐学の二次会が終わって一息ついていたところです。あらためてやれやれ。
RY●突然ですが、空想と現実の境界線について。
喪失してしまったと僕が書いたのは恐らく正確ではなかった気がします。厳密に言うならば、喪失すら存在しない。もちろんそれが全てではないのですが、社会のシステムそのものが実体のない複雑なものになってしまっている。巨大化しすぎてしまったのか。
KS●僕も青柳さんも好んで旅する辺境の場所はまだ空想と現実が一体化しているような気がするし、境界線もあるし、喪失も存在していると思いますけれど。東京に限らず、都市部は、とくにアジアの都市部は巨大化し、肥大化して泡(バブル)化しているのが現状のようですね。
RY●そうなんです。人間を存在しやすくさせるために社会というシステムが存在しているはずが、その主体は逆転し、社会というシステムを存続させるために、人間が存在しているという逆転現象。
KS●主客転倒。主客不可分。ハイブリッドの混成形になっていますね。
RY●主体と客体、自我と他者の、核の内破。既に、主体と客体は相互不可分であり、相互可逆的にしか存在し得ない。主体は客体であり、また、客体は主体であるんです。

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