旅する建築家
鈴木喜一の

大地の家
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2012.02.19
 Ireland Interview KIICHI SUZUKI☆03
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ゴールウェイ/ハイストリート

【アラン島】  
以前からアラン島に行ってみたかったんですよ。ゴールウェイという港町からアラン諸島の中では一番大きなイニシュモア島に行きました。石灰岩と石垣と坂と草原と海……、それにやっぱり冬空ですね。寒かったんですがずいぶん歩きました。ゆっくりとね。
冬の島はとても静かでしたね。春から夏にかけてここはきっとシャングリラ(地上の楽園)なんだろうなと思ったんですが、でも冬に行ってよかったなとも思っています。何しろ風は冷たい。スケッチするのもかなりきつい。でもそんな中からその場所のほんとうの姿が見えてくるものですからね。
かわいらしい家がいっぱいありましたよ。麦藁の家もみかけました。ドン・エンガスの断崖にも行きました。そこには約二千年前の城砦跡が残っていました。こんな西の最果てにも人は住み着いていたんですね。そこで冷たい風に吹かれながらスケッチをしていました。冬の寒さの中でスケッチするのは身が引き締まる思いですね。でも、絵具が凍ってしまうのでなかなか思うようなタッチがでない。不器用なスケッチになる。でもね、絵は自分で描いているようで実はそうではないのだとも思っているんですよ。その土地の自然や歴史を思いながら一生懸命手を動かす。するとね、なんだかその土地の風土と一体になって描いているという気分を感じるのです。うまい下手はまあどうでもいい。凍えるような寒空の下で描くのですから上手に描こうなんて思っても無理なんです。描こうとする風景に誠実に接近していくんですよ。しかも、思いきってね、絵具が凍らないうちに描くんですよ。

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2012.02.18
 Ireland Interview KIICHI SUZUKI☆01
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冬のダブリン港

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パブのイメージ。

ダブリン3泊、ゴルウェイ3泊、アラン島3泊の旅が楽しみだ。

ダブリン☆KIICHI SUZUKI
冬のアイルランドはどこに行っても人気があまりなかった。何しろ朝は遅いし、夜は早くやってくる。しかも寒くて暗くて風が強い。雨も小雪も降る。街はひっそりしていました。だから逆に、パブやバーが土地の男たちでにぎわっていた。クリスマス前後はダブリンにいたのですが、ほんとにまったく人が街を歩いていないという状態でした。バスも車も走っていない。中国系のスーパーが二軒開いていただけでしたね。ですからそこでパンとハムとワインを買いこんで来てホテルで食べるしかなかった。みんなきっと家で静かにクリスマスを楽しんでいるのでしょう。
アイルランドの風景で印象に残るのはなんと言っても空でした。刻々と変幻する空のかたちと色……。とにかく高い建物がないのですから、空の占める割合がとても大きい。ダブリンの街にしたって3~4階建ての古い建物がほとんどで、7~8階のビルがあると「これはちょっと高すぎるんじゃないか」と思ったりするくらいでしたからね。中心市街からバスで10分も走るともう延々と草原の続く風景です。牧草地でした。羊や牛が群れをなしていました。
とにかく地道な風景というか、人間も動物も土地に根を張って落ち着いて生活している印象でした。街の開発もそれほど進んでいない。どちらかといえば古い歴史的なベースがしっかりとあって新しいものが遠慮がちにポツポツとある。そういう街の印象でした。冬でしたから 結構暗かった。朝9時頃から日が昇るのでそれから動きだして、午後3時にはもう日が傾いてくる。雨など降ったらさらに暗い。そんな中でスケッチしていたのですが、やはり描きたかったのはすばやく雲が流れてゆく空と街並と夜のパブになりますかね。
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2012.02.18
 Ireland Interview KIICHI SUZUKI☆02
【夜のパブ】  
日が早く暮れてしまうから夜が長い、というわけでパブに入りびたっていました。アイルランドのパブといえばやっぱりギネスですね。クリーミーな生ビールでコクがあって渋味がある。ほとんどの客がギネスを飲んでいる。「ギネスなしでは生きてられねえよ」という男たちばかりでした。僕はあまり飲める方ではないので1パイント(570ml)、まあ中ジョッキ位ですか、ちびちび飲んでいたんですが……、そういえば、土地の人たちはそのギネスを本当にゆっくりゆっくり飲むんです。つまみもなしで。世間話をしながら飲む人が多いんですが、一人で黙って飲んでいる男たちもいる。比較的年輩の男性客が多いんです。もちろん女性もいますけれどね。
「いいなあ」と思いましたね。こういうパブの文化というのは。日本の居酒屋とはちょっとちがうんですよ。
そこで音楽のライブが必ずと言っていいほどやっている。僕の好きな「Fairytale of New York」というクリスマスソングもよく歌っていましたね。パブはインテリアもとても居心地がいいので、実は昼間からよく入りました。バーランチというのがあって、おいしいスープと煮込み料理なんです。ギネスを半パイントだけ飲みながら軽食。のんびりくつろいでいるとスケッチする時間がなくなっちゃう。まあ時間がなくなったらパブを描けばいいや、と思って絵具の準備なんかしているとね、パブの客が「俺を描け」って言うんですよ。だから、さっと描いてあげる。とても喜んでくれますね、言葉はほとんどわからないけれど、そこからコミュニケーションが始まる。似顔絵一枚描いたらギネス1パイントが報酬というわけでついつい深酒ということもありました。
2010.02.23
 旅と建築、そしてスケッチ◎11

インタビュアの土肥さんがさっき、ふと、現れたらしい。そこで、、、
「人の問ふ、ふとの問ひ」⇔(村上春樹)
「土肥の問ふ、ふとの人」⇔(鈴木喜一)


問●「スケッチの心得」をいくつかご紹介してください。
11●【現場と融合させる】
まず「現場で仕上げる」こと。なぜ現地で描かなくちゃいけないかというと、その場所の空気、風、ほこり、もう
気象状況から森羅万象まで、すべてを取り込むためです。例えば、真冬の氷点下の場所で描いているスケッチを、半分下描きだけして写真を撮って帰国後にアトリエで描いたら、現場の凍った空気は、描けているようで描けていないものなんです。だからそれはその場所で、水彩の水が凍らないように温めながら描けば、描いた瞬間にそれはバリッと凍るわけで、その冷たさが画面に瞬間的に出てきます。雨が降れば雨に描かせろと……。雨を技術的に描いたら何かあざとい絵になるんです。まず雨空を描いて、それを雨に打たせるんです。現場と融合させるのです。自分の世界に引っぱってこないで、描いている対象に自分の方から誠実に接近するんです。次に「嘘は描かない」。

スケッチの心得
2010.02.23
 旅と建築、そしてスケッチ◎04~◎10
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初老の男(Ronciglion/ITALY-1981)

問●そうでしょうね。7歳くらいの旅になりますからね。その時は、まだ建築家になろうとも、スケッチをしようという発想もなかった?
04●【各地を遍歴する労をいとわない人だけに】
それはそうですよ。
20歳を過ぎた頃だったかな?ブルーノ・ゼヴィの『空間としての建築』という本を読んだのですが、その冒頭に「どんな辺境であっても、各地を遍歴する労をいとわない人だけに建築展の門戸が開かれている」と書いてあった。要するに、建築は美術館や書物の中で体験することができない。建築が立地しているその場所を訪ね、そこで直に触れることが大切だと。その一文を発見して、旅と建築は切っても切れない関係にあるんだと思いました。つまり建築と旅がつながる。さらに1981年6月、さきほど言ったように、カプラローラでスケッチとも合体するわけです。

05●【じわーっと出力されるもの】
僕は住宅設計を生業にしているでしょう。旅の中で、人間がその場所で生きて、生活している姿を見るのは大切なことなんです。人間の原風景を静かに見つめていればいつか自分の体の中にそれが澱のように溜まってくる。そこからじわーっと出力されるもの、表現されるものが自分のものなのではないかというふうに思って旅をしているんですよ。

問●鈴木さんは、どんなスタイルで旅のスケッチをしているのでしょう。また、スケッチの効用はどんなところにあるのですか?
06●【一日をやわらかく封じ込める】 
旅をしていてスケッチをしない日があると、僕の場合何かちょっと寂しいんですね。まちを訪ねても、まちと友達になったような気がしない。まず、まちを歩く。僕なりの一番いいスケッチポイントを探しながら……。景色のよい場所を描くだけでなく、例えば人とのコミュニケーションがあった場所も描くんです。一枚の絵を描くということによって、旅の一日をやわらかく封じ込めるという行為です。一時間半から二時間、気持よく絵を描く。すると、まちや人とダイレクトに繋がるんです。旅から戻ってその絵を再び見ると、旅の記憶がふつふつと蘇る。さらにその絵はワインのように発酵しているから不思議です。
スケッチの効用ですか。それは、心の清浄化作用でしょう。僕たちは、ある意味、世俗にまみれた日常が片方にありますね。それをちょっと忘れて旅に出る。ところが、なかなか日常を引きずっているものですよね。ただ絵を描いている時間は無心になるんですよ。虚心坦懐と言ったらいいんですかね。あれこれ何も考えない。すーっと自分の体内がきれいになっていく感覚がありますね。

旅と建築、そしてスケッチ◎01◎02◎03
話題の建築情報
[旅と建築、そしてスケッチ◎04~◎10]の続きを読む
2010.02.22
 旅と建築、そしてスケッチ◎01◎02◎03
01●【スケッチの喜びとの出会い】
学生時代から、建築家志望である以上、スケッチブックをバッグに入れて旅をするのはあたりまえだと考えていました。いい建物に出会ったら、それをよく見て、撮る、描く、測る、ということをしなくてはいけないと。
僕は1980年から81年にかけてフランスのパリに遊学していた時代があるんです。大学のアトリエを拠点とした恵まれた環境でしたから、建築学徒として、ある種の責任感を持ってスケッチブック片手に建築巡礼をしていた。ところが、イタリアのカプラローラ(Caprarola)という古い中世の小さなまちでスケッチをしていた時、「ああ、絵を描くのはこんなに気持ちがいいものなのか」ということを体感しました。6月の風が吹いている高原。その時のことはうまくいい表せないのですが、なにかカチャッと鍵が解けたような感じです。まさにスケッチの快感に覚醒した時ということになりますね。
それ以来、スケッチは楽しんで心地よく描くべきもので、何かの責務で描くものではないと、絵は、描きたいから描くのだということになりました。そこからスタートした絵がもう3000枚ぐらいになっているんですよ。

問●3000枚ですか。すごいですねえ。それは世界中いろんな所に行かれたもの全部ひっくるめてですか。
02●【はいどうぞ】
身近な日常も含めて日本全国津々浦々、世界各国東奔西走ですね。はなはだ自慢ですが、それは全部番号をふってデータベース化してある。イタリアとか神楽坂といったキイーワードを入れたら、はいどうぞ、と言って貸し出しできる状況なんですよ。

問●鈴木さんは世界中いろんな辺境の地も旅されて、『旅する建築家』と呼ばれているようですが、建築とスケッチ、それから旅というのは、昔から全部リンクしていて切り離せないものなんでしょうね。
03●【幼心に達成感】
これが旅かな?というのは、確か小学校2年生の時。静岡の実家から、東海道線と身延線を乗り継いで富士宮のおじいちゃん、おばあちゃんの家までたどり着くというひとり旅。いろんな人が現れて、彼らに助けられ、ようやく到着した3時間の旅。幼心に達成感みたいなものがありました。

旅と建築、そしてスケッチ◎04~◎10
2009.11.14
 99年から立ち上げた神楽坂建築塾☆interview●05
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アユミギャラリー&鈴木喜一建築計画工房(写真/畑亮)

この2階のアトリエは84年の6月に開設して、その年の秋に1階をアユミギャラリーとして開廊しました。ギャラリーでは、絵画や写真、版画、陶器などさまざまな展覧会を開いています。僕も一年に必ず一度、旅の水彩画展をやっている。
そこで自分が見ているもの、表現しているもの、考えていることを世の中にやわらかく提示していこうと思っている。仕事も旅も僕は自分のやりたいようにやってきた。でも、それが今、社会的にコミットできる自信が少しあるんですよ。好き勝手に生きていればいいやということだけでは物足りない。真剣にまちや建築のこれからのことを考えていきたい。進化が著しいと言われるこの文明社会において僕のような旅的感覚というのは必要なものだとも思っています。日本以外にもいろんな国があって、人がささやかに住んでいて、似たような生活を繰り返しているけれど、それぞれの風土で違う知恵を持った日常文化があるんですよ。
99年から神楽坂建築塾を立ち上げました。高度成長期以降からこれまで、とくに都市部では低い建物を更地にして高層ビルをつくること一辺倒になりすぎていたよね。そのことでまちも森もずいぶん破壊されてしまった。もうこんな方向の中で建築をつくる時代ではないですよ、少しみんなで考えてみようといって始まったのが建築塾なんです。
建物を残していく、修理していく、活用していくということを頭に入れてね、住むことの原点を見つめ直そう、保存とはより質の高い環境をつくり出す一つの方法ではないか、という思いを確かめたかった。20人ほど募集して寺子屋式で講師と塾生が膝をつきあわせて学んでいこうとしたら、全国各地から98 人の応募者があった。建築の仕事に携わる人を中心に現役の学生や主婦、それにこれから家をつくろうという人たちが塾生として集まってきた。うれしかったですね。そこで尊敬する建築評論家で『造景』編集長の平良敬一さんに塾長をお願いしました。
建築塾は月二回の講座で坐学(講義)とフィールドワークを組みあわせてやっています。講師は主に第一線で活躍している僕の仲間の建築家たちに依頼しました。これからの建築の方向性をどう考えるか熱気を含んだ講義が行われているさなかです。理論だけでなくフィールドワークや番外講座にも力を入れています。中国の奥地に民家調査に行ったり、実際に建物の施工に参加したりね。塾のネットワークの中でものづくりが着々と始まっているんですよ。今年度は第四期になりますがテーマは「まちと建築を再生する」ということで講座を進めます。こうした塾の活動も、僕の中で大きなものになっている。神楽坂を拠点としてグローバルにおもしろいことがおこりそうな予感がしているんですよ。

『ニューハウス』2002年5月号●この建築家に会いたい ! ☆17
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